みんな自信がない……。
係長も課長も部長も、みんな自信がない……?
いつも上から物を言う彼らだから、そんな可能性があることを考えたことがなかった。
「実績は『実力があります』という証明書になるの。みんな自分の判断には自信がないから、証明書が付いてる人材が好きなの。
才能とかセンスとか魅力みたいな実体のないものを推せるほど、みんな強くないの。
だから、さっさと証明書を作って、会社の人たちをサクッと安心させてあげようよ。信頼されたら働きやすくなるよ」
「はい……!」
「ということで、ミッションの話をします!」
「あ、はい、ミッション!」
「ミッションその① 数字の実績を作ること」
「数字の実績……!」
「とにかく実績を作ることにこだわろう。数字の実績は、会議室の全員にちゃんと見える。見える派見えない派に別れない。
賢一くんに実力があることを、”みんなに読める資料”にしよう。それができないと無いのと一緒なの。
だから、成績をあげよう。
賢一くん、そこに対して、本気を出してなかったでしょ?」
「……!」
「ふて腐れてたでしょ?(笑)」
核心を突かれた気がした。そうだ、俺はずっとふて腐れていた。自分のことを信じてくれない会社や上司に対して不信感が募り「こんな分からず屋しかいない会社じゃ、頑張っても、どうせ報われない」そう思っていた。
「実績があればね、あえて自分から物申さなくても『おまえはどう思う?』って訊いてもらえるようになるよ。オドオドで会議に参加しても、提案したことが採用されるようになる」
それからハナコは「で、賢一くんの会社では、何を達成すると実績としてカウントされるの?」「ツアープランニングの仕事って具体的にどんなことしてるの?」「最近どんなツアーを計画したの?」から始まって、大量の質問をしてきた。そうして、あっという間に「そしたら明日からまずこの動きをして、今週中にこれを達成することを目指そう」と言い、俺専用の就業計画を立ててくれたのだった。
明日出勤するのが楽しみ、かも。
作戦会議室のあるマンションのエントランスを抜けながら、そう思っている自分に気がついて、驚いた。
そして賢一は、そもそも自分が、目標を決めて行動をするのが好きなタイプだったことを思い出した。好きな女子ができたとき、いつもこんな気持ちだった。
*
3ヶ月後。
賢一は会議で堂々と発言していた。賢一が企画したツアーが立て続けにヒットし、上司から「君の意見を聞かせてほしい」と言われることが多くなったのだ。同僚や後輩たちの賢一を見る目も明らかに変わり、賢一は、ハナコの「信頼されたら働きやすくなるよ」という言葉を実感していた。
会議が終わり部屋を出ると、同じ部署の後輩の大橋に声をかけられた。
「小野寺さん、すみません、今ちょっといいですか?」
「いいよ、どうしたの?」
「自分の企画したツアーがなかなか売れなくて……。こういっちゃなんですけど、それまでの先輩のツアーってあんまり売れてなかったのに、最近、急に売れ始めましたよね? なんでですか?」
賢一は、後輩の率直な物言いに苦笑いしながら、あの日のハナコとの会話を思い出していた。
*
「で、賢一くんの会社では、何を達成すると実績としてカウントされるの?」
「自分が企画したツアーが売れれば売れるほど実績になります」
「なるほどね、最近だとどんなツアーをプランニングしたの?」
「北海道のツアーなんですけど、まだ誰にも知られていないような洞窟をめぐるというのがメインのツアーです。こうやって言うと自慢みたいであれなんですけど、俺、子供の頃から全国各地を旅行していて、旅行玄人なんです。だから、みんながまだ知らないような場所や珍しい料理を出してくれる店を知ってて。その知識を生かして、俺みたいにこだわりが強い人にも満足してもらえるようなプランをつくりたくて」
するとハナコは、「それだ!」と大きくうなずいた。
「ツアーに申し込む人っていうのは、基本的にツアーの内容や食事にこだわらない人だよ」
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