「俺、自信が欲しいんです! どうすれば自信って持てますか?」
「自信は、いらないよ」
「え?」
「自信なんかあったって何の役にも立たないよ」
「え?」
「必要なのは自信じゃなくて実績だよ」
自信はいらない??
……実績……?
「仮に、今の賢一くんに自信をカスタムしたとして、周囲の対応は一切変わらないよ。会議で発言しても、それは採用されないし、上司に強く言えたとしても、それは通用しない。むしろ反感を買うだけ」
そう……なんだろうか……?
何だか頭がクラクラする。
「上司に意見をしたり、会議でアイディアを採用されたり、自分のやり方を押し通したり、そのために必要なのは、自信じゃなくて実績だよ。『自信あります!』って言ったところで、それって会社からしたらイケる根拠にはならないよ。自信だけじゃ企画は通らないし、判子も捺してもらえない」
「え……そんな……」
「逆に自信なんか一切なくても、実績があれば、企画は採用されるし意見は通用するようになる」
「そう……なんですか……?え……でも、自信は大事だって一般的に言いますよね? 俺自身、人生が順調だった学生時代を振り返ってみて、それは正しいと思ってるんですけど……」
「学生生活とビジネスマン生活はまったく別物だよ。というか、私生活全般とビジネスマンとしての生活は、と言えるかな。仕事って特殊なの」
「どうして、仕事だけは別なんですか?」
「仕事はお金が全てだから」
「……!」
「みんな、お金を得るために、その場所に集まってる。賢一くんだって、お金がもらえないなら仕事しないでしょ? ボランティアで会社には行かないよね」
「行かないです」
「働くということは、お金を生み出すこと。だから会社では、とにかくそこが肝心になってくる。働く場所である会社というフィールドにおいて、他人からの評価は、利益を出した実績が全てだよ。
会社って、みんなでチーム一丸となってお金を稼ぎ出して、それを山分けする組織なわけじゃない? 取り分は違えど、社員みんなで1つの通帳にお金を貯めて、それを分け合う仕組みだよね。
だから、お金を生み出してないヤツが社内にいると、それでもその人には取り分があるわけで、ちゃんとお金を運んできてる人からしたらウザいよね。なんでコイツ、頭数に入ってるんだよって思うよね。
だから会社という世界では、会社の儲けに繋がる数字をあげていかないとまずくて、それができていないと周囲からは邪険に扱われるよ。いなくなればいいのにって思われてるわけだから。
自信なんかどうでもいいの。利益を生み出した実績だけに、会社の人たちは価値を見るんだよ」
ぐうの音もでなかった。
たしかに、みんなで宝探しをして最後に山分けをする企画があったとして、何も見つけてこなかったヤツがいたら、何だこいつと思う。山分けするって話なんだから何がなんでも見つけてこいよ、それが誠意だろ、頑張って宝を手に入れてきた他の仲間に失礼だろ、という話だ。もしくは力不足なら空気を読んで途中で帰っておけよ、と。何も持ち帰らなかったくせに平気な顔をして山分けに参加していたら、俺はそいつに「ウザキャラ」のレッテルを貼る。
「そもそも賢一くんは、自分の何に対して自信を持とうと考えてるの? 」
何に対して?
考えたこともなかった。
「自信を持つのに値するようなもの、たとえば資格やスキルとかが、あるの?」
「いや……」
「自信を持っちゃいけないわけじゃないけど、自信に見合う実力は必須だよ。何か、ある?」
「実力……『こういう力がある』と人に説明できるようなものはないです……」
「じゃあ、自信持っちゃダメでしょ! 何に対しての自信なのそれ(笑) 」
ハナコが笑ったので、賢一もつられて笑った。ほんと、その通りだ。
さきほどからハナコの発言に対して「身も蓋もないことを」とは思うが、不思議と傷つかない。それに嫌でもない。
「実力がないのに自信だけ持たれても周りが困るからね! さすがに、おこがましいよ!(笑)」
「たしかに、そうですね(笑)」
「うん、そうだよ。取ってつけたような根拠のない自信は周りをモヤっとさせるだけだから、むしろ持つと迷惑だよ」
「客観的に考えると、本当そうですね。ウザキャラになるとこだった……あぶねぇ……」
「セーフだったね(笑)。私と賢一くんが出会うのが遅くならずに、間に合ってよかったよ(笑) 」
「ほんとに(笑)」
なんだか和やかな気持ちになっていると、ハナコが打って変わって真剣な顔になり、それからゆっくりと口を開いた。
「賢一くんはさ、何を根拠に『俺の考えは上司より正しい!』『俺の考えた企画はイケる!』って思っているの?」
……。
何も言葉が出てこなかった。
「社会ではね、正解が一つじゃないことってたくさんあるよ。というか、ほとんどのことは答えを一つに絞れない。そういう考え方もあるねって、その方が助かる人もいるねって、その方が都合がいい立場もあるよねって、どれも間違いではなかったりする。
でも、会社は違う。だって会社は、誰かの持ち物だから。
トップに立つ人の決めた答えがある。方針がある。ルールがある。目指すビジョンがあって、そこに向かうための正解がある」
会社は、社会とは違う……。
「だから会社の中では、会社からの評価がより高い人の言うことが正解になる。
上司っていうのは、会社から上に立つことを選ばれた人だよね。会社から『あなたは優れてる』と認定された人が、役職を与えられたり、出世をしているわけで。自分が優れた人材だってことを証明できた実績があるからこそ、上司のポジションにいる。
だから賢一くんが上司に意見をしたいのならば、まずその人を抜く必要があるよ。
誰だって、会社という組織の中でやっていくにあたって、自分より低い評価を受けている人の意見を参考にするわけにはいかないし」
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