東京の西の外れに、ネコのようにじゃれあう仲良しカップルが生まれた。
二人は毎日のように会い、会えないときは電話をした。
どうということのない会話は、いつまでも続いた。
喋って、喋って、笑いすぎて、はあ、はあ、と息をつきながら、また喋った。スイングし共鳴する二人は、とても相性がよかった。
文子さんは彼より三つ年上の二十四歳で、おしゃれさんだった。だけど明るくて天然気味で、彼としてはあまり年齢差を感じなかった。
彼女と一緒にいるのが楽しくて、ずっと一緒にいたくて、彼女のことが大好きだった。
一人でいるときも、文子さんのことを思いだした。
するとなんだか可笑しくなってきて、いろんなことが嬉しくなって、知らないうちに涙がでたりした。
幸せとはこういうことなのか、と彼は心から理解した気分になる。
彼女のいる八王子に原付で向かうとき、ヘルメットの下の彼は半笑いだった。
高校のときに免許を取って、中古で買った銀色のDioだった。
リミッターを外して、先端を尖らせ、高尾山でミッドナイトレースをして、先生に追い回され、何度か転んで、もともとぼろぼろだったものがさらにぼろぼろになったDio。
でも今、それは彼女のもとへ向かう、魔法のじゅうたんだ。
彼女には仕事があったし、彼にもバイトや授業があったから、会うのは夜や夜中が多かった。
二人とも睡眠時間が極限まで削られていったが、あまり気にしていなかった。
「じゃあ行こうか」
「うん、しゅっぱーつ!」
八王子発、原付バイクで夜景巡り、というのが二人の間で流行っていた。
夜景のきれいそうなところで時間を過ごす、というだけのことだったが、二人にとってはとてつもなくロマンチックな時間だ。
その夜、二十三時を過ぎていたが、大きな通りにはまだ人が歩いていたし、車の通行量も多かった。
二人はなるべく人通りの少ない路地裏を選び、こそこそとバイクで走った。
原付の二人乗りはもちろん道路交通法に反しているので、みんなは決してマネをしてはいけない。
岡本くんのヘルメットを被った彼女が、彼にしがみついた。浮き立つ気持ちを抑えながら、彼は慎重にバイクを走らせる。
人目を忍びながらしばらく走り、目的の川原に着く。彼にとっては見慣れた光景で、だけど懐かしい光景だ。
「おお! 懐かしいぞ」
バイクを駐めて土手に降りると、用意していた缶コーヒーで乾杯した。そこは彼が高校時代に、授業をサボって毎日のように遊びに来ていた川原だった。