翌日の夜、彼は原付を飛ばした。
美容院が二十時に終わり、さらに二十二時まで残業があるらしく、約束の時間は二十二時半だった。
八王子にある文子さんの部屋には十分くらいで着く。
もう何度目の告白だろう、と彼は思う。
こんな夜遅くに告白するのは初めてだった。
そしてこんな自然な感じに相手のことを好きなのも、実は初めてだった。
「仕事、おつかれさまー」
彼女と合流したときも、彼は落ち着いていた。
「うん、わざわざありがとう。どうしたの? 今日は」
文子さんはコンビニの袋をぶら下げていた。
「ちょっと話があって。十分くらい歩くけど、公園行ってもいい?」
「うん。行く」
並んで歩きだしても、彼はさほど緊張しなかった。
自分をよく見せたいとか、相手のためにどうするべきかとか、文子さんといるときにはほとんど考えなかった。多分、彼女には、相手をリラックスさせる才能がある。
「最近、缶チューハイにハマっててさ。昨日も土岸と飲み過ぎちゃったよ」
「あ、あのラムネのやつ? わたしも好き!」
どうということはない話をしながら、二人は歩いた。
公園に着くと、見晴らしのいい高台に上り、腰を下ろす。
「ここねー、あたしもときどき来るよ」
「あ、おれも来たことある。景色がいいよね」
「うん。仕事帰りにわざとここを通って、ビール飲むの」
「へえー、いいなー」
「あ、今おにぎりあるけど食べる?」
「いいの? ラッキー!」
文子さんはコンビニの袋から、おにぎりを二個取りだした。
「小森谷くんは、おかかとシャケとどっちがいい?」
「うーん、どっちもいいな」
「じゃあ半分ずっこしようか」
「うん」
告白をしにきたというのに、半分分けてもらったおにぎりを、彼はもぐもぐと食べていた。
やっぱり好きだな、ともぐもぐしながら思う。
おにぎりは海苔がしっとりしているタイプで、彼の好みと合致している。もぐもぐもぐもぐ。
「今日は結構、忙しくてさ。お腹空いちゃったよ」
「大変だね。お昼は?」
「十一時にカップラーメン食べただけだよ。あとお菓子食べた」
会話が五秒途切れたら、告白しようと思っていた。だけど二人でいると、ほとんど会話が途切れなかった。
「ねえ、」
と、彼は言った。その後、口をつぐんだら、一秒、二秒、と、静寂が生まれた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。