おれ……彼女のことが好きかもしれない

「かなり素敵な髪型」にしてもらった小森谷くんは、その後も文子さんと連絡を取り合っていた。彼女のことが好きなのかもしれない。そう気づいた小森谷くんは、土岸に相談することにする。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 しゃきん、というハサミの音とともに、かなりまとまった量の髪が新聞紙の上に落ちた。それからしばらく、ばさり、ばさり、と同じように髪が落ちた。

「……横と後ろは刈りあげちゃって、」

 シャカシャカシャカ、と音が聞こえる。何て素敵な音なんだろう、と彼は思う。

「上は髪を軽くして……、中央はちょっと長めにして」

 ハサミの音と共に、ずいぶん頭が涼しくなってきた。自分の煩悩や、情けなさや、しょうもなさが、彼女のハサミによってそぎ落とされていくようだった。

 これはアレだな、と思う。ハサミの音と共に立ち上がる気持ちはアレだ。自分はこの人のことを……。

「おおー、モリ、なんか格好いいぞ」

 鏡を持つ土岸が言えば、「うん、何かいいね」と、見学する岡本くんも言う。

「もう少し、短くしようかな」

 シャカシャカシャカ。シャカシャカシャカ。リズミカルにハサミを動かす文子さんによって、彼の新しいスタイルは完成していく。

「できた!」

 鏡を通して微笑む文子さんと目があった。

 どきゅーん、と、どこか遠くで音が鳴ったような気がした。

「土岸くん、ワックスか何かある?」

「ありますよ」

 土岸が持ってきたワックスを、文子さんは手に取った。彼女は魔法のような手つきで、それを彼の髪にもみこむ。

 頭の中央のほうだけ髪を立たせたその髪型を、彼や土岸や岡本くんは見たことがなかった。これが、NEW STYLE OF KOMORIYA 2000!

 この髪型はこの二年後に“ベッカムヘア”として日本中で流行することになるのだが、当時の彼らには知るよしもなかった。

「なんか、おしゃれだよ。モリくん」

「……ああ。モリのくせに格好いいな」

「うん、わたしも、似合うと思う」

 嬉しそうに笑う文子さんと目をあわせ、彼はビニールのゴミ袋を被ったまま、照れていた。

 これはもう完全にアレだった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

突然、余命2か月の末期がんといわれた30代男性の半生を人気作家が小説化!

この連載について

初回を読む
余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません