しゃきん、というハサミの音とともに、かなりまとまった量の髪が新聞紙の上に落ちた。それからしばらく、ばさり、ばさり、と同じように髪が落ちた。
「……横と後ろは刈りあげちゃって、」
シャカシャカシャカ、と音が聞こえる。何て素敵な音なんだろう、と彼は思う。
「上は髪を軽くして……、中央はちょっと長めにして」
ハサミの音と共に、ずいぶん頭が涼しくなってきた。自分の煩悩や、情けなさや、しょうもなさが、彼女のハサミによってそぎ落とされていくようだった。
これはアレだな、と思う。ハサミの音と共に立ち上がる気持ちはアレだ。自分はこの人のことを……。
「おおー、モリ、なんか格好いいぞ」
鏡を持つ土岸が言えば、「うん、何かいいね」と、見学する岡本くんも言う。
「もう少し、短くしようかな」
シャカシャカシャカ。シャカシャカシャカ。リズミカルにハサミを動かす文子さんによって、彼の新しいスタイルは完成していく。
「できた!」
鏡を通して微笑む文子さんと目があった。
どきゅーん、と、どこか遠くで音が鳴ったような気がした。
「土岸くん、ワックスか何かある?」
「ありますよ」
土岸が持ってきたワックスを、文子さんは手に取った。彼女は魔法のような手つきで、それを彼の髪にもみこむ。
頭の中央のほうだけ髪を立たせたその髪型を、彼や土岸や岡本くんは見たことがなかった。これが、NEW STYLE OF KOMORIYA 2000!
この髪型はこの二年後に“ベッカムヘア”として日本中で流行することになるのだが、当時の彼らには知るよしもなかった。
「なんか、おしゃれだよ。モリくん」
「……ああ。モリのくせに格好いいな」
「うん、わたしも、似合うと思う」
嬉しそうに笑う文子さんと目をあわせ、彼はビニールのゴミ袋を被ったまま、照れていた。
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