青年ひろと美女エリクシアの出会い
男なら誰しも浮かれ立つはずの、合コンという場にいながらしかしひろはヤケ酒をあおっていた。
理由のひとつは、バイト先で配膳中の桜子ちゃんを厨房から隠し撮りしていたことが本人にバレ、もはや目も合わせてもらえなくなったこと。そしてふたつ目は、そんなひろを励ますために厨房仲間Kが開いてくれたこの合コンで、ある男がチームワークを乱し傍若無人な振る舞いを見せていること。
厨房仲間Kが連れてきたその男は、マサオだかマサトだかいう名前で、ひろとは初対面であった。男子メンバーはひろにKにそのマサオだかマサトだかいう男の三人。女子メンバーも、いずれもひろは初顔合わせの三人。合コンで3on3といえば最小催行人数であり、本来ならば一体感が高まり大いに盛り上がるべき場である。ところが、そのマサオだかマサトだかいう男は、ひろはおろか友人であるはずのKにも一切気を使わず、調和、友愛、連帯、そのような言葉などまるで生を受けて以来預かり知らぬかのように、自分だけが目立とうと喋り続けているのだ。
こんな理不尽な状況下では、ひろは顔をしかめて熱燗をあおるしかなかった。
なんでもそのマサオだかマサトだかは、ほんの2ヶ月前に「世界放浪の旅」から帰ってきたとの触れ込みであった。ひろより4歳年上のその男は、仕事を辞めてまる2年間も海外を旅していたらしい。
男は次から次へと、このような供述を並べていった。
「俺だって最初は一人で海外なんて恐かったけどさあ、でもやっぱ男に生まれたからには後先考えずに飛び込むってことも必要だと思うんだよね」
「でもやっぱ、旅は若いうちに行っといた方がいいぜマジで。世界を見た奴と見てない奴じゃ全然人間の幅が違うからさマジで」
「俺なんて50カ国回ってるから何回も銃声聞いてるし、散々危ない目にも遭ったよ。でもやっぱ怖がってたらなにもできねーんだよな。そこを飛び込めるかどうかなんだよな俺みたいに」
「でもやっぱ50カ国行くとマジで人生観変わるからね。やっぱ一度しかない人生でさあ、サラリーマンみたいにチマチマ働いて、世界も見ずに年取っていくってバカらしいと思わねぇ? なんのために生きてるんだって思うよサラリーマンとか」
……その他、男の供述は「先月カフェで旅イベントをやって20人集めた」「旅系の有名サイトにコラムを寄稿したことがある」「将来は旅行記を出版しようと考えている」「今後は執筆やセミナー・講演などを中心に、旅を仕事にしていきたい」などであった。ちなみに現在の職業は、本人曰く「旅人兼フリーライター」だそうだ。正確に表現すれば無職である。
ところが、一方的な武勇伝にどん引きすると思いきや、なんと女子メンバーたちはその与太話に見事に食いついている。
「すごーい! よく生きて帰ってこれたよねー♪」
「出版したら絶対買うから、サインしてよー♡」
「いいなー! 私も仕事辞めて1ヶ月くらい海外行きたいなー♪」
そんな理想的な女子リアクションを受け、マサオだかマサトだかは「いいよ。サインの予約、承りました(笑)。みんな仕事なんて辞めちまえばいいんだって! 一度しかない人生なんだぜ? もっと旅に出ようぜみんな!」とますますつけあがっている。
女性メンバーの中でも、最も目を輝かせているのが「エリ」と名乗る女子であった。不幸にも、ひろ評価では女子3名の中でそのエリが断トツの美女度トップ。他人を外見で評価するのは好ましいことではないが、結局人は他人を外見で評価するものであると哲学授業で学んだので、ひろは以前より堂々と他人を外見で評価するようになりその評価において彼女は三人中の最高峰であった。
ちなみにエリは黒髪に黒い瞳を持っているものの、彫りの深い顔立ちからは日本人以外の血も感じられる。ハーフだろうか? ともあれ、桜子ちゃんにも匹敵するほどの魅力を持つその女子が、マサオだかマサトだかに羨望の眼差しを送っていることがひろには我慢ならなかった。
「え〜〜、私も講演会行きた〜い♡ 50カ国も行ったんでしょう? もっといろんな国の話聞いてみた〜い!」
「わざわざ講演会なんて来ないでも、エリちゃんならいくらでも話聞かせてやるよ!」
「ほんとに!? 約束だからね! 私、バックパッカーって昔から憧れてるんだ〜。一人で海外に行っちゃうような人って、ほんとにすごいと思う〜!」
「約束ね。エリちゃんが呼び出してくれればいつでもマンツーマンで旅話してやるから。もしバックパッカーやるんなら、俺が一緒についていってやってもいいし」
「え〜〜〜やったあ! 引率してほしい! ていうか引率してくれるんなら来月にでも行きたい! 本当に一緒に行ってくれるんだよね!?」
「マジで行く!? じゃあ行っちゃう!? ちょ、じゃあ今から計画練らない? 二人で二次会しようよ。もっと落ち着いた店行って、予定立てようぜ!」
「うん、行こうー♪ あっ……、でも私たちだけ抜けていいのかな……」
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