ジェノサイド、虐殺器官に匹敵! 純文学、殺人ミステリーから、人類史を包括するエンタテインメントへ

2016年、『QJKJQ』で江戸川乱歩賞を受賞した佐藤究さんが、受賞第1作として『Ank : a mirroring ape』を上梓しました。もともとは純文学作家としてデビューを果たしていた佐藤さんが、エンタテイメント作家に転身して、挑んだものは何だったのか。初回は、エンターテナーな佐藤さんのお話のダイジェストをお送りします。

 8月末、本の世界でひとつ、うれしい出来事が起きた。何を差し置いても、どんな人が読んだってきっとおもしろい。そんな小説が世に出たのだ。
 佐藤究の『Ank : a mirroring ape』。

Ank: a mirroring ape
Ank: a mirroring ape

 タイトルになっている「Ank」とは、古代エジプトで用いられた生命を象徴する十字形の図像であり、鏡そのものを指す意味もあった言葉に由来している。Ankが鏡と深い関係を持つものだったことに象徴されるように、「鏡像」がキーポイントとなっている小説だ。

人類史を包括するストーリー

 ストーリーはこうだ。

 舞台は2026年の近未来。「京都暴動」が起きた年である。
 膨大な死者が出たが、人を死に至らしめたのはウィルスや病原菌の類じゃない。化学物質を用いたテロでもなければ、核に関連するわけでもなかった。
 きっかけは、一匹のチンパンジーだった。
 当時、京都には霊長類研究施設「京都ムーンウォッチャーズ・プロジェクト」があった。AI研究から転身した世界的天才科学者が、ヒトの意識や言語の獲得過程を解明せんと開いた、私設の最先端研究所である。
 そこへアンクと名付けられたチンパンジーが、東アフリカからやって来た。このアンクが、知らず災厄を招き寄せてしまう。
 センター長の鈴木望は、危機的状況に陥った京都を救おうと奔走する。その過程で彼は、人間という存在がいかにして生まれたのかを、垣間見ることになる。

 パニック小説の色合いがあり、ある種の戦闘シーンもたっぷり。読んでいて血がたぎるエンタテインメントとしてまずは秀逸。くわえて、内包する思想がどこまでも深い。人間とは何か? どこから来たのか。何者なのか。どこへ行くのか。
 疾走する物語を読み進めていくと、同時にそうした問いを考え続けることになっていく。

 このスケール感は、近年のSF、サスペンス、ミステリーにおける傑作、高野和明『ジェノサイド』や伊藤計劃『虐殺器官』を思い起こさせる。両作に匹敵する読み味である。
 とにかく、読む側を小説世界へ没頭させる力業はただごとじゃない。飽きさせない工夫、おもしろいエンタテインメントを構築せんとする強い意志を感じる。

 それはおそらく作者の佐藤究が、エンタテインメント小説というスタイルを明確に選び取って書いているからじゃないか。
 というのも、佐藤はもともと純文学の世界でデビューを果たしていた。そこで煮詰まっていると感じ、ジャンルを超えてエンタテインメント小説を目指したという経緯があるのだ。

純文学デビューからのエンタテイメントへの転身

 佐藤は1977年、福岡市の生まれ。中学生のころから本に親しむようになり、高校卒業後に小説家にならんと決意。2004年に『サージウスの死神』が群像新人賞の優秀作となり上京。純文学作家としてデビューを飾るも、壁にぶち当たり、職を転々としながら書き続けるが、ヒット作には恵まれなかった。

 そこで一念発起、エンタテインメント小説に挑戦し、2016年に『QJKJQ』で江戸川乱歩賞を受賞。ずばり殺人をテーマとした作品が話題を振りまく。

 そして今年。受賞第1作として上梓されたのが『Ank: a mirroring ape』だった。苦心を重ね、小説とは何かを考え続け、おもしろければジャンルなんて関係ないとの心境に至って書き上げた大作だ。

小説家は語る

 いまや小説界の最注目人物たる、佐藤究さんに話を聞いてきた。

 実際にお会いしてみると、なんて強そうなんだ……。というのが、第一印象。長年、身体の鍛錬をしてきた人に特有のたくましさが漂っている。大の格闘ファンであることは、話が進むうち、例えとして持ち出されるのがほぼ格闘技関連だという点からも、すぐに理解できた。

 作品の話を始める前、佐藤さんはおもむろに類人猿のフィギアを取り出して、みずからテーブルの上に並べてくださった。

「このほうが雰囲気出るでしょ?」

 と、取材の場の演出までしてくれるのだ。一大エンタテインメント作品を書き上げた作家は、自身もやはり優れたエンターテイナーなのだった。

 次回からお届けする、佐藤究が投げかけてくれた熱い言葉の数々は、こちら。


「秒殺、もしくは死闘を繰り広げたかった」—なぜ、いまこれを書いたか

「2016年に『QJKJQ』で江戸川乱歩賞をいただいて、受賞者は1年以内に次作を出さねばならない。初防衛戦です。そこでファンをつけるには、相手を秒殺する、もしくは死闘を繰り広げればいいとおもった。(中略)小説家は体に悪いですよ。日々ろくに寝ないでアドレナリンを出しまくる生活を続けていると、体調が間違いなく狂う」

「フィクションを書けば社会に貢献できるとおもった」—なぜ文学か

 僕が会社に入って営業して回っても、きっとそこそこの成績しか残せない。そのときの社会への貢献度よりは、フィクションを書くほうがまだしも貢献できるだろうと信じていました。

「世界中のみんなが楽しめるエンタテインメントを!」—『Ank』はどこから来たか

 僕の作品『Ank: a mirroring Ape』がライバルとしてめざしたのは、海外ドラマや、SFの歴史に名を刻む映画ですね。(中略)思わず人類の歴史を振り返りたくなるようなスケールがある。そういうのを読んだあとって、これがいったいどうやって書かれたのかさっぱりわからなくなる。わからないと、いよいよ挑みたくなりますよ。


「素になったのは、マイケル・ジャクソン」—創作の原点

 今回の小説の素になったものは、まずマイケル・ジャクソン。マイケルがチンパンジーのバブルスを抱いている姿、あれが念頭にあった。彼には「Man In The Mirror」という曲もありますね。今作は鏡像が大きなポイントになっていますけど、彼もまた鏡の魅力に取り憑かれた人だったんじゃないか。

「時系列をあえて壊した」—読ませるための創意

『Ank』では時系列を壊して、核となるシーンを小出しにすることにしました。耐えて引っ張って、クライマックスで派手な出来事をバンッと出すやり方だと、途中で読むのをやめてしまう脱落者を出す恐れがありましたから。

「おもしろい領域は『主観』にしか残っていない」—小説はいかに構築されるか

 僕は高卒なんですよ。勉強したくないし、ふつうの仕事したくないから小説でもやろうとなったのに、こんなに勉強することになるとは。(中略)心理学者ジャック・ラカンが唱えた「鏡像段階論」も、小説ではキーとなります。主観に関わることなので、科学の世界の住人はそこに触りたがらない。でも、フィクションでも思想の世界にしても、おもしろい領域は主観にしか残っていないような気がします。


「ブレイクスルーを起こすのはエンタテインメント」—ジャンルを超える

 以前は純文学で、いまはエンタテインメントをやっているけれど、自分のなかではそれほど区別をしていない。どっちにしてもおもしろければそれでいい。その一点では同じでしょう。ただ、社会的なインパクトがあって、ブレイクスルーを起こすのは、エンタテインメントのほうかなという気はします。

「格闘技と文学はかなり似ている」—僕の好きなもの

 格闘技と文学は、かなり似ているというのが僕の実感です。古来日本には文武両道という言葉がありますしね。(中略)ひたすら勝利に向かう格闘技のベクトルと、敗北や挫折を語る文学。私生活で両方の感覚を持つこと、それが文武両道の意味だと僕は解釈しています。

「感情を揺さぶるより、感覚を変えさせたい」—成し遂げたかったこと

 読む人の感情に訴えるというよりも、感覚に変化を及ぼす作品であればいい。読んだことで世界を認識する感覚が変わって、もう一つの思考が生まれてくるようなね。(中略)これまでとは違った感覚を持って思考する人が、これからあちこちで出てくるとおもう。そのための刺激であり、起爆剤にこの本がなってくれたら本望ですよ。


次回「秒殺か、死闘か。男は言葉のリングで、世界を倒すべく闘い続けた」は9月19日(火)更新予定

佐藤 究(さとう・きわむ)
1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義で書いた『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となり、デビュー。2016年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。

聞き手・構成:山内宏泰 撮影:伊澤絵里奈

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Ank: a mirroring ape

佐藤 究
講談社
2017-08-23

この連載について

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文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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naosuke_1972 佐藤究さんインタビュー https://t.co/qespnCbNUK 1年以上前 replyretweetfavorite

reading_photo 【掲載中】「2001年宇宙の旅」や「猿の惑星」に本気で対抗し、世界のエンターテインメントを刷新すること。そうだ、それって目指していいいんだ。「文學者の肖像」で佐藤究さん、新作『Ank : a mirroring ape』を巡って。 https://t.co/n6b3jPICn4 1年以上前 replyretweetfavorite

kodansha_piece 『Ank: a mirroring ape』でエンタメ界に殴り込みをかける乱歩賞作家・佐藤究さんのインタビューです。cakes連載第1回は著者紹介も兼ねたダイジェスト編。「何を差し置いても、誰が読んでも面白い」というのは本当ですぜ! https://t.co/4ZeDM02wL2 1年以上前 replyretweetfavorite