自分の両親の結婚にも意外なドラマがある

どんなに好きあった二人であっても、結婚できないこともある。運命の相手なんて思っていても、結婚できないなんてよくあることなのだ。そして、そんなドラマが自分の両親に起きていたとしても何の不思議もない。

ユウカと父の仲は、昔から良好だった。

母親が強い性格で、一家を引っ張っていくような存在だったのだけど、ユウカと父は、いつも母から文句を言われるという立場では一緒だった。

父には、箱庭作りという変わった趣味があった。没頭すると、半日でも1日中でも自分の部屋から出て来ないというのもザラで、母は「本当に、書斎なんて作るんじゃなかった」と父がそこに籠ると文句ばかり言っていた。父の箱庭作品は、10年前に都知事賞を受けたこともあるほど精巧な作りで、趣味仲間からも尊敬を集めているらしく、たまに海外からも作品の招待を受けるらしい。ユウカは小さい頃から、父の作品を見るのが好きだった。長い時間眺めていると、まるでその世界に入り込んだみたいな気持ちになる。山や川や街のミニチュアが目の前に並んでいて、ユウカはその小さな世界の住人になる。

箱庭の中で小さい人間になると、「お風呂入りなさい」とか「夕ご飯食べなさい」なんて言葉が耳に入らなくなる父の気持ちもよくわかった。

父のいない時間に書斎に入り込んで、ユウカは小さな世界へのトリップを楽しみにしていた。

2階は、ユウカの部屋と父の書斎が向かい同士に並んでいた。ユウカは昔の自分の部屋に入ろうかと思ったが、久し振りに父の書斎を覗いてみることにした。

引き戸を開けると、そこに父はいた。

「あれ? お父さん、いたの?」

「ずっと、いたさ」

「なんだ。久し振りに箱庭が見たくなってね」

「そうか。これはどうかな? 最近作ったんだ 」

父は、がさごそと机の上の道具を片付けて、ユウカに見せてくれた。

机の上には、古びた和風建築の一軒家が建っていた。手前には庭があり、家庭菜園の竹串を組んだ小さな植物のつるが絡んでこじんまりとした様子も見事に再現されていた。縁側には、ビールと枝豆。小指の爪の先のサイズくらいしかなさそうな座布団がふたつ並んでいる。この一軒家の中には人間のフィギュアはいないけど、そこで暮らしている人間の姿が眼に浮かぶ。

「この縁側にはお父さん自身が座ってるっていう設定?」

「ん〜、どうだろうなぁ……?」

「この隣の座布団はお母さんが座ってるの?」

「ん〜、どうだろうなぁ……?」

「ふふ、お父さんの自由スペースだもんね。口うるさいお母さんは邪魔かな(笑)」

「今日は、何しに帰ってきたんだ?…………ま、いいか。答えなくてもいいよ」

「え〜、なんでよ。お父さん気にならないの?」

「聞いたら、逆に答えないだろう? それに下で母さんとやりあった後っぽいしな」

「そうなのわかる? やっぱりお父さん鋭いね。ちょっと池崎と喧嘩してね」

「10年帰ってない実家に戻ってくるんだから、【ちょっと】じゃないだろう(笑)?」

「うーん、どうなんだろう。わかんない。私は結婚したいって言ってるのに、池崎はまだ早い、とか言って。本当に相手のこと好きならさ、相手の希望を叶えてあげるのも、また愛情なんだと思ってるけど」

「相手の希望っていうのは、池崎くんの?」

「違うわよ。わ・た・し・の!」

「人には、いろんな事情があるからな。自分の思い通りにいかないこともあるさ」

「お父さんって、昔からそういうところあるよね。 あまり我を通さないというか」

「その方がうまくいくことも多いからな」

「でもさ、結婚だよ。ずっと一緒に生活していく人なんだから、結婚は我を通さないと。お父さんだって、結婚は我を通したでしょう? 一応、見た目は美人なお母さんと結婚したんだからさ」

ユウカはそう言って父親の方をみたが、父はユウカの視線を外して、目を合わせずに自分の作品を眺めながら言った。

「そっかぁ。ユウカにはお父さんとお母さんが結婚した頃のことを話したことがなかったな」

「なに、それ。なんか秘密があるみたいな話し方ね」

ユウカの父はこんなもったいぶった話し方をする人間じゃない。簡潔に物事を伝える話し方をするのだが、この時はなぜか口ごもった話し方をした。

「秘密っていうほどのものじゃないよ」

「なによ。娘には話せない話なの? お母さんも知ってる話なんでしょう?」

「いや、母さんは半分しか知らないよ」

「わかった。話したくないなら話さなくてもいいよ。お父さんの中に秘めておいた方がいい話もあるよ」

「おや? ユウカ成長したね。そう言えば父さんが話すと思ったのかい?」

「わかった(笑)?」

「自分の性格が誰譲りか、考えればわかることだ」

「なら、いいでしょう?」

「そうだな。何から話せばいいかな。最初に言っておくと、母さんと知り合った当時、父さんには恋人がいたんだ」

「……お、そそる出だしだね。お母さんと出会って、その人とは別れたの?」

その質問には答えずに父の百鳥悠次郎はふたたび箱庭に視線を落とすと、つぶやくように話し始めた。

「あれは、父さんが25歳のときだった。あの日、父さんは免許の更新最終日で、その上時間もギリギリで……猛スピードで甲州街道を突っ走ってたんだ。そこに運悪く突然の雷雨がきてね。慌ててワイパーをオンした瞬間……父さんは人と跳ねてしまったんだ」

「え!?!? ちょっ、そ、それでその人は……まさか亡くなったってこと……」

「ちゃんと生きてるよ。娘とやりあえるくらい元気だよ」

百鳥悠次郎が部屋の扉に目を向けたと同時にユウカはハッとした。

「ま、まさか、お母さん?」

「ああ」

「うわ〜びっくりした。でもお母さんあんなにピンピンしてるんだから、よかったよね。それが運命の出会いってこと?」

「今だからピンピンしているけど、あれは母さんが諦めないで一生懸命頑張ってリハビリしたからなんだ。ひょっとしたらずっと車椅子生活になるかもしれないと医師には言われていたからね」

「……うそ」

「そんな過去があるなんて驚きだろう。ユウカは昔から視野が狭くて人を偏見でみるところがある。きっと、母さんは強くて傲慢だと思っているだろう? でも、母さんが家族の誰とも一緒にお風呂に入ろうとしないことを知っていたかい? あの時、父さんは母さんの人生を大きく変えてしまったんだよ」

「そういえば……。私、小学生の頃からひとりでお風呂入ってた……。そんな大事なことをどうして今まで黙ってたの?」

「言うチャンスもなかったし、家に住んでた頃、ユウカは幼かったからね」

「それで、どうなったの?」

「母さんは昔っから負けん気が強かったからね。自分でなんとかしよう、って頑張ってリハビリをしたよ。それは父さんのためでもあったのかもしれない。あの時、一人の若くて綺麗なお嬢さんの人生を自分が奪ってしまったのかと思うと堪らなかった。どうやって償えばいいか……そう考えれば考えるほど、なにもできないことに愕然として……だから父さん毎日お見舞いに行ったんだ。

最初は、丁重にお断りされたよ。会わせたくないというのが本音だったと思う。それでも毎日通って1ヶ月が過ぎた頃、お父さんが入れてくれたんだよ。世田谷のおじいちゃんだ。娘が会いたいと言ってるって。あの時は正直ホッとしたよ。ようやくちゃんと謝罪ができるって。それまで何万回って頭の中で『ごめんなさい』を繰り返していたけどその分だけ地獄に近づいている気がしてた。本人に伝えたからって地獄行きは変わらないと思ったけど、それでもホッとしたんだ。それで母さんに初めてちゃんと向き合って会った時、母さんが言ったんだ。

『私、前みたいに絶対に立って歩きます。だから謝るのは今日だけにしてくださいますか』って。強靭な心の持ち主だと思ったよ。そんなこと、普通言えないだろう? それからも毎日、父さんは母さんに会いに病院に通い続けた。 母さんは後ろ向きなことは一切言わなかった。病人だなんて思えないくらい、母さんはケラケラとよく笑ってたしね。それだけで父さんの心はいくぶん軽くなった。それから母さんのリハビリにも付いていくようになって」

「なんかすごい。ドラマみたい」

「そうだな。でも綺麗なラブストーリーでもないんだ。父さんには母さんに隠していることがあった」

「なに? どういうこと?」

「父さんには恋人がいたと言ったろう? その事故が起きるまで、父さんは彼女と結婚するつもりだったんだ。彼女は大学の時に入ったボランティアサークルの仲間だった。付き合って3年目だったかな。社会人になって小さな部屋を借りて一緒に暮らしてた」

「えっ? 何、じゃあその彼女がナイフ持って病室に怒鳴り込んで来たりなんかして!?」

ユウカの言葉に悠次郎は小さく微笑んで首を振った。

「いいや、真逆だよ。毎日お見舞いに行くように言ったのは、実は彼女なんだ。父さん、最初に見舞いにいった時会ってくれなくて尻込みしたんだ。『自分のエゴで会って謝罪したいなんて、迷惑なんじゃないだろうか?』って。でも彼女に言われたんだ。『そういうことじゃないよ。人間って』って。それで何度も父さんの背中を押してくれたんだ。父さんは彼女を心から愛していたし、それは母さんを見舞っていた時だって変わらなかった」

「え、じゃあどうしてお母さんと結婚したの?」

「ある日、おじいちゃんに言われたんだ。『うちの娘と結婚してほしい』って。始めはその言葉の意味が理解できなくてね。だって、父さんのことを恨むのはわかるけど、婿に迎えるって理解ができないじゃないか。でも次いで言われたんだ。『どうやらうちの娘が君を好きみたいで。リハビリを頑張ってるけど、まだ歩けるようにはならない。先生も難しいって言ってる。卑怯かもしれないが、責任をとってあの子を幸せにしてほしい。頼みます』と」

「え? おじいちゃんがそんなことを? それでお父さんはどうしたの?」

「……少しお時間をください、って伝えたよ」

「それで?」

「それで、母さんと結婚した」

「当時の彼女は?」

「事情を話して別れた」

「ひどい」

「そうだよな。ひどいよな。でも彼女は一言『わかった』としか言わなかった。もっと怒ったり殴ったりしてくれたらよかったのに。彼女はポツリとその一言だけ残して部屋を出て行ったよ。彼女を幸せにしてやりたかったけど、結局父さんは、自分の罪悪感に負けたんだ。父さんは、母さんの気持ちを優先したことで、自分を守ったんだ」

「じゃあ、お父さんはお母さんのこと好きじゃないけど仕方なく結婚したってことなの?」

「それは違う。リハビリに付き合ってるうちに母さんのこと、好きだなって思えたんだ。芯が強くて、一生懸命で。だから、母さんと結婚したことを一度も悔やんだことはないよ」

「……」

「母さんはこのことを知らないと思う。でもたまに彼女が言ってたことを思い出すんだ。『そういうことじゃないよ、人間って』ってセリフ、世の中は不条理なことがよく起きて、彼女自身もそのセリフに飲み込まれてしまった。父さんは、あの時の彼女の気持ちを思うだけで、胸が痛くなるんだ」

「その後、彼女には会ったの……?」

「いいや。一度も会ってないよ。それをするのは母さんにも彼女にも失礼だと思ったからね。私のエゴで誰かを苦しめるのはやめておきたいんだ。だから、こうして部屋に閉じこもって箱庭を作っているのが一番いいのさ」

(もしも、彼女と結婚してたら?)という問いをユウカは飲み込んだ。そうしたら、ユウカはこの世に存在していないかもしれない。ユウカの幸せが誰かの犠牲のうえに成り立っているなんて、考えたこともなかった。でも、父の話を聞いて、最終的にユウカに浮かんできたのは、「そういうことじゃないよ、人生って」と言った彼女の言葉だ。

父は、不条理を受け入れる言葉だと思ってるようだけど、ユウカはこの言葉が不条理に負けないように自分を律する言葉だったと、思いたかった。

(イラスト:ハセガワシオリ)

この連載について

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結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない彼女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさん...もっと読む

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コメント

YaruzoKeizoku このユウカとかいう女はマジでむかつく。 2日前 replyretweetfavorite

marekingu #スマートニュース 3日前 replyretweetfavorite

o8o8o8o 関西編が終わってやや中弛みしてたところで唐突に強いネタブッ込んでくるな… ≫ 4日前 replyretweetfavorite