金正恩はどんな人物か
—— 作中では金正恩・朝鮮労働党委員長をモデルにしたと思われる主人公の心情が細かく描かれています。想像を駆使できるシミュレーションノベルだからこその手法ですね。
実際の金委員長はどんな人だと思いますか?
荒木源(以下、荒木) これも確かなことはわからない。情報をつなぎ合わせて想像するしかないんですけれど、本当は独裁者になんかなりたくなかったのではという気がします。
彼は少年時代にスイスに留学しています。西側の自由な空気や物質的な豊かさに触れたはずなんです。たいていの人間は「こっちのほうがいい」と思うんじゃないでしょうか。
—— バスケが好きで、デニス・ロッドマンと親交がある様子と思しきエピソードも、作中では触れられていますね。
荒木 やはり留学経験のある兄の金正男氏は、マカオでカジノ遊びを楽しんだり、吉原のソープに通ったりしていました。弟の目に、うらやましく映ったかもしれません。いくら権力があったって、アメリカが体制転覆を狙っている、国内でもいつ寝首をかかれるかわからない、なんて状況じゃしんどすぎます。
—— じゃあどうして金委員長は父の跡を継いだのでしょう。
荒木 私のことになっちゃうんですが、大学に入る時に出身地を離れています。仕事も家のことなど考えずに選んで、好き勝手をしてきました。ですが妹、弟は地元に残りました。
—— そうなんですね。
荒木 実家って、もちろんぬくもりを感じられる場所なんだけれど、面倒臭さはありますよね。介護だの何だのの現実的な問題も出てくる。あれこれを妹、弟に押し付けて逃げた負い目を時々感じます。
金委員長は、弟でありながら、国家や独裁者を引き受ける覚悟をしたのかもしれない。ことのよしあしは別にして、侠気みたいなものは認めてあげられるんじゃないか。
—— そうですね。今までの凶行を考えれば、とんでもないことですが、それでも読みながら、この若さで現代において、独裁者なんて大変だろうな、なんてことを思わされました。
荒木 そんな視点で彼の行動を見ると、いろいろ浮かび上がるものがあると思ったんです。小説の骨格が見えたのはその時でしたね。
—— 主人公と、暗殺された兄との対話が、小説の核の一つになっています。
荒木 正確に言うと、「兄が乗り移ったかのようにふるまう」AIロボットとの対話です。
—— コミカルで笑いどころも結構ありました。
荒木 死んじゃってるから、そういう設定にしました。真相については読者にいろいろ想像してもらいたいですが、ミサイル並みの飛び道具だったかもしれないな(笑)。
現実の金委員長と金正男氏は一度も会わなかったらしい。
—— えっ、そうなんですね。
荒木 ええ。だから、この対話は小説ならではです。想像しながら書くのが楽しかったです。
—— それにしても金委員長は、まだ33歳の若さです。
荒木 国をともかくも治められているのは、一定の能力があるからだと思います。
理解不能な人間として「ディス」っていれば溜飲が下がるでしょうけれど、付き合い方を考える上のプラスにはなりません。
—— 北朝鮮の行動は計算ずくなのですか?
荒木 そうでしょう。少なくとも、体制維持という彼らの目的のためには理にかなっています。
実際にアメリカとここまで渡り合っているのがある意味すごいです。体制維持のほか捨てるものが何もないので、大きなリスクを背負える有利はあるわけですけれど。
北朝鮮の行き着く先はどこか
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