北朝鮮がモデルの小説が緊急出版
—— 今なぜ、北朝鮮をモデルにした小説を書いたのですか?
荒木源(以下、荒木) 今年になってミサイルが頻繁に飛ばされ、 言葉は悪いですけれど「旬」のネタだ、というのは確かにありました。
—— 頻繁に飛びすぎていて、正直どれがどれやらという感じですが、実に今年に入って14回もミサイルが飛んでいるんですね。
荒木 ええ。すごい頻度です。それに加えて、先の核実験で、核兵器の技術も相当なレベルに達しているとの観測が強まりました。
—— では、事態が緊迫している中で、作家として向かい合わざるを得なかったと。
荒木 そこまでの使命感があったわけじゃないけれど(笑)。いずれにしても昔から北朝鮮には興味を持っていましたね。
新聞記者時代、在日朝鮮人帰国事業の顛末などを取材しました。推進した朝鮮総連が、北朝鮮を「地上の楽園」だと宣伝して、彼らを帰国させたんですけど、当事者たちは「騙された。もう日本には戻してもらえない」と訴えていたという話。
—— 1950年代から1984年の頃のことですね。
荒木 ええ。日本人の拉致ばかりじゃなかったんです。何にしても普通じゃない国です。書きたかった気持ちが時機を得た感じです。
—— それにしても神がかったタイミングでの出版ですね。
荒木 6月に書き始めました。そのころは、秋に原稿上げて、年内出版くらいのつもりでした。ところが現実がどんどんエスカレートしてゆく。現実に追い越されたら、小説の意味がなくなってしまいますからね。
—— 兄の暗殺を踏まえた展開や、アメリカ、トランプ政権との外交模様などは、リアルタイムの出来事が書かれているようで、いつ書いたんだろうと首をひねるほど、現実に迫っているように感じました。
荒木 超特急で書いたら結果的にこうなった。原稿速いほうじゃないのでキツかったです(笑)。
—— 具体的にはどのようにシミュレーションしたのですか?
荒木 北朝鮮や金正恩・朝鮮労働党委員長に関する確かな情報はとても限られています。このところの報道量はすごいけれど、専門家と言われる人たちが話すことも、推測や想像がかなりの割合を占めてるんじゃないでしょうか。
私はそれらを組み合わせてストーリーに組み立てているだけです。
—— 北朝鮮のことを「暴走軍事国家と危険な独裁者」として理解不能なものとして今までフタをしていた気がします。でも、この物語を通して、独裁者としての暮らしぶりや独白に触れると、なるほど、現代で独裁を貫くというのはそういう孤独な胸中なのかもしれない、とすこし親身にイメージができた気がします。
荒木 もちろん小説ですからおもしろさを重視しますし、現実にはありえない誇張やデフォルメも含まれています。
ただ大きな枠組みとしては、日本を巻き込んだアクシデントまで含めて、「そうなってもおかしくない」可能性の一つを提示したつもりです。
北朝鮮が暴発するリスクは
—— ズバリ、北朝鮮のミサイルが日本に落ちてくることはあると思いますか?
荒木 実験で海に向けて撃ったのが何らかの間違いで列島のどこかに、という意味なら、ほとんどありえないでしょうね。隕石が当たるのを心配するようなものでしょう。だからあれでJアラートを発動させる意味が私にはよく分かりません。
—— 意図的に狙って撃ってくる可能性は——。
荒木 そちらのほうでも、向こうから先に仕掛けてくるとは考えにくいです。
そんなことをしたらアメリカと全面戦争になる。北朝鮮に勝ち目はなく、金委員長の命もおそらくおしまいでしょう。そもそも向こうは、アメリカに体制の維持を認めさせるにはこれしかないと思って核・ミサイル開発にしゃかりきになっているんです。目的に反する使い方はしない。
—— なるほど。じゃあ心配しなくてもいい?
荒木 アメリカが北朝鮮を先制攻撃するとなると話が違ってきます。負けが分かっていても、精一杯の反撃をするでしょう。ミサイルはまだアメリカ本土に届かないけれど、同盟国の日本は余裕で射程内です。韓国はもっとひどいことになるでしょうが。
—— おお、考えるだけでゾッとしますが、可能性としてはそうなりますよね。
荒木 先制攻撃を受けなくても、強力な経済制裁でにっちもさっちもいかなくなったら「暴発」するかもしれない。国内の不満が高まって、反体制の動きが出てくるような場合ですね。とにかく目をそらすために戦争を始めるわけです。
—— 経済制裁の結果、日本にミサイルということがありうるんですか。
荒木 危険は高まるはずです。だから、さしあたっての日本の安全を第一にするなら、制裁強化は最善の手じゃない。
—— じゃあどうすればいいんでしょう?
荒木 アメリカに「先制攻撃はやめてください」と頼むのが本当ということになる。経済制裁についても「ほどほどに。あんまり北朝鮮を追い詰めないでください」ですね。
11日に国連で採択された経済制裁決議はかなり内容が薄められましたが、本当に石油を止めたら、それはそれで大変なことになるかもしれません。
—— 北朝鮮の思い通りにさせるしかないんですか?
荒木 考えてみたら、北朝鮮がICBMを完成させたって、すでに射程内にある日本にとっては現状と同じです。阻止する理由はたいしてないんじゃないかと私は思うんです。
もちろん、損得だけを短期的にみれば、ですよ。政敵や自分を批判する国民を残虐に処刑するような人物をのさばらせておけないという大義はもちろんあります。日本は拉致問題も抱えているわけですし。
—— はい。
荒木 ただ、北朝鮮を罰したいなら、こちらの血が流れるかもしれないと覚悟しなければいけない。すべてめでたしめでたしの解決法は多分ないんです。日本はすでにそういう状況に立たされてしまっています。
—— なるほど……。
荒木 極端な話をするように思われそうですけれど、今出ている情報をつなぎあわせれば、自然に導かれる結論じゃないでしょうか。でも、たいていの報道はそこに触れない。そこだけ避けて、どうなるどうなると騒いでいるように私には思えます。
—— 本書を読みながら、いかに北朝鮮とそれをとりまく国際情勢について理解が乏しかったかを実感しました。
後編では、いま金正恩が何を考えて行動しているのかを伺いたいと思います。
次回「33歳の独裁者は今、何を考えているのか?」は9/16更新予定
構成:中島洋一