しばらく彼女は作らない宣言の後に現れた美容師さん

しばらく彼女は作らない。ある一件からそう決めた小森谷くんは、単位取得のため学校に行くようになり、真面目な生活を送っていた。そんなある日、土岸に誘われたドライブで、文子さんという美容師の女性に出会う。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 コンピューターが誤作動を起こす、という“二〇〇〇年問題”が巷で囁かれていた。

 システムが年号を九七年、九八年、と二桁で認識しているため、九九年の次がない。

 よって二〇〇〇年となった瞬間、例えばミサイルが誤って発射されたり、銀行口座の残高が勝手に変わったり、停電したり、ビデオのタイマー録画がおかしくなったり、パソコンソフトが使えなくなったり、ということが起こるかもしれない。

 その瞬間、レジがクラッシュするんじゃないか。

 小森谷くんは小さくどきどきしながら、コンビニで年明けを待っていた。レジが暴走したり、停電が起きたりしたら、自分がこの店を守らなければならない。

 だが実際には何も起こらず、ごーん、と遠くで除夜の鐘が鳴っただけだった。

 彼に心配されるまでもなく、日本中のシステムエンジニアが泣きながら徹夜し、あらゆるシステムを〇〇年代に対応するよう修正したのだ。

 二〇〇〇年か、と彼は思う。とても新しい時代が来たような気がした。

 人類は何を一〇〇〇年代に残し、何を二〇〇〇年代に持ち越すのだろう。これから一体、どんな時代が始まろうとしているのだろう。

 “しばらく彼女はつくらない宣言”をした彼は、彼女といちゃつく土岸を横目に、黙々と働く日々を送った。

 ときどき一人で映画を観に行き、またバイトをした。自分はこんなにストイックで真面目だったのか、と驚くような日々だった。

 だけど春になる少し前に、気付いた。

 単位が足りない! 足りなすぎる!

 自分が全然ストイックでも真面目でもなかったことに気付いた彼は、授業をちゃんと受けようと決めた。

 二浪した上に、留年するわけにはいかない。授業とバイトと映画鑑賞、この三つを軸に生活を立て直そう。

 大学二年生になった彼は、大学のキャンパスに頻繁に出没するようになった。大学の友人も増え、昼間は土岸たち以外と一緒にいることが増えた。

 夜になるとコンビニバイトをして、休日はピザを配り、ときどきワーナー・マイカル・シネマズ新百合ヶ丘で一人で映画を観て、一人で泣く。

 週に何度かは、部屋で土岸たちと飲む。

 初夏、あたり前の青春のなかで、土岸がその名前をだした。

 チャンプ美容室──。

 輝ける栄光を誇るアフロの店長が髪を切ってくれる美容室なのだろうか、と彼は思ったけれど、そうではないらしい。

「じゃあ何でチャンプなの?」

「知らねえよ。けど結構、有名な美容室だぞ」

 何でもチャンプ美容室というところで、土岸は髪を切ってもらっているらしい。

 土岸がチャンプ美容室に行こうが、ストロング美容室に行こうが知ったことではないのだが、ヤツは定期的にこのような話を持ち込んでくる。

「次の火曜に、チャンプ美容室の文子さんとドライブに行くから。予定、大丈夫だよな?」

 底なしのバイタリティを持つ土岸は、髪を切ってもらう間も全開で生きているようだった。

 美容師の青柳文子さんと仲良くなってアドレスを交換した土岸は、グループでお台場にドライブに行く計画をたてたらしい。

 火曜の授業は休むことにして、その日、彼らは八王子に住む彼女たちと合流した。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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marekingu #スマートニュース 約3年前 replyretweetfavorite