眠るのも「大事な仕事」
仕事が忙しいとき、睡眠時間を削ってまで残業していませんか?
もしくは、睡眠時間が足りていないのに無理して仕事をしていませんか?
「来週は大事なプレゼンだから、ここまでは今日中にやっておかないと……」とか、「提出期限が明日までの書類を完成させないと……」とがんばってしまうと、帰宅時間はどんどん遅くなっていきます。
帰宅時間が遅いと、必然的に睡眠時間を削ることになります。その結果、寝不足で仕事のパフォーマンスが低下します。仕事をスムーズにこなせず、どんどん仕事が溜まり、さらに帰宅時間が遅くなり、睡眠時間がますます減る……という悪循環に陥ってしまうのです。
これは日本のビジネスパーソンのまじめさに原因があるように思います。
「周りががんばっているのに自分だけ休むわけにいかない」
「忙しいときには眠っている場合じゃない」
などと思っていませんか?
バブルの頃には「24時間戦えますか(働けますか)?」というCMのキャッチコピーがありましたが、睡眠時間を削り、骨身を惜しんで働いても仕事のパフォーマンスは上がりません。むしろ低下してしまいます。
パフォーマンスを維持するためには、 「眠るのも仕事」と考えましょう。「忙しいから眠れない」ではなく、「忙しいときこそ眠る」ことが大切なのです。効率よく仕事をするためには、睡眠をしっかり取ることが必要不可欠です。
また、忙しいときにやりがちなのが、家に帰ってからもストレス解消のためにだらだらとネットサーフィンをしたり、飲みに行って憂さを晴らしたりすることです。
ストレスはうまく発散したほうがいいのですが、疲れが溜まっているときには休息を取る、つまり眠ることが何よりのストレス解消になります。
疲れてヘトヘトなときに遊んでも、心身の疲れは解消せず、かえってストレスが溜まってしまいます。一時的にはすっきりしても、疲れ自体は積み重なってしまうからです。
質の高い仕事をするには質のよい睡眠が必要不可欠です。欧米では十分な睡眠を取ることが仕事の効率化、合理化につながるという考え方が定着しています。しかし、日本では睡眠の重要性がまだあまり認知されていません。
「眠るのも仕事」という意識を日本人も持ってほしいと思います。
なぜ、結果を出す人は「睡眠」に注目するのか?
睡眠がいかに大事か、成果をあげているビジネスパーソンの生活を見るとそれがよくわかります。経済活動のトップレベルにいる人は、寝る間を惜しんでまで働いていません。きちんと睡眠を取っています。
経営者の判断ミスは会社を潰す可能性があります。そうしたリスクを避けるために、睡眠時間をしっかりと確保し、思考力、判断力が高い状態を維持しようとしているのでしょう。
マイクロソフトのCEO(最高経営責任者)サティア・ナデラ氏は、睡眠の重要性を指摘しています。彼は8時間眠ったときがもっとも調子がいいと折に触れて語っていますし、アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏も同じような発言をしています。
世界最大の投資銀行の1つであるゴールドマン・サックスは、就労時間を最長で午前7時から午前0時までに制限し、睡眠の専門家も雇用しています。
パフォーマンスの高い仕事をするために、睡眠を優先させるビジネスリーダーが増えてきているのは間違いありません。
さらに、睡眠に対する意識の高い人は概して早寝早起きを習慣化している人が多いように感じます。
忙しい人ほど、定時の勤務時間が始まるといろいろな仕事が入ってきて自分の仕事ができなくなるので、少し早めに出勤して自分の仕事をする時間を確保しているのではないでしょうか。
また、そういう人は夜遅くまでだらだらと残業することもありません。
夜は疲れが溜まっていてパフォーマンスが悪いから、さっさと帰って寝ようと考えているようです。その代わり、朝早く出勤して仕事をこなしています。
パフォーマンスの高い仕事をキープしようとすると、早く寝て、早く起きて、常にリフレッシュした状態でやるべきことをやる。それがもっとも効率よく仕事をするカギになるのです。
だから、一流のビジネスパーソンは必然的に早寝早起きになるのでしょう。
「目覚めよ、アメリカ」
日本では働き方改革についてようやく議論されるようになってきましたが、実は、アメリカでは20年以上も前から睡眠時間をしっかり取れるよう、働き方の見直しが進められています。
そのきっかけになったのが、スタンフォード大学のウィリアム・デメント教授が1993年に発表した「Wake Up America(目覚めよ、アメリカ)」という報告書です。
この報告書では、眠気による事故で年間460億ドルもの損失があるとの試算が紹介されています。
睡眠不足の状態で働いていると居眠りによる事故が多くなります。居眠り事故でケガをすると後遺症が残って働けなくなることもあり、医療費や補償費も上がります。それによる損失が莫大な額になると指摘しているのです。
こうしたデータから、アメリカでは睡眠がビジネスに与える影響は非常に大きい、と考えられるようになりました。
当時の日本はバブルがはじけた直後ですが、まだまだ眠らずに働いていた頃です。それほど前から、アメリカでは睡眠時間をちゃんと取るよう、働き方の見直しが始まっていたのです。
「生産性」は睡眠がカギ
睡眠不足によるパフォーマンス低下は、日本のビジネス界でも徐々に認識されるようになってきています。最近では「社員の睡眠を見直して、生産性を上げよう」とする企業も少しずつ増えています。
伊藤忠商事の現在の社長、岡藤正広氏は「だらだら残業は非生産的だ」と述べ、朝早く出勤して夜早く帰る「朝型勤務」を推奨しています。早く出勤するモチベーションアップのために、朝ごはんを無料で提供する徹底ぶりです。
2016年の6月には、社長の肝いりで「伊藤忠健康憲章」を制定し、20代~30代の生活習慣病予備軍の社員約100人を対象に、ウェアラブル端末で睡眠時間、血圧、脈拍、歩数などのデータを24時間集計し、看護師が医学的なアドバイスを行なっています。
高いパフォーマンスを維持するためには社員の健康が不可欠であり、それに睡眠が重要な役割を担っていることを、社長がよく理解しているのでしょう。そうした企業は徐々に増えてきています。
実は、残業禁止の口火を切ったのも伊藤忠商事でした。2013年の10月から試験的に午後8時以降の残業を原則禁止する一方で、早朝(午前5時~8時)の時間外手当の割増率を25%から50%に引き上げています。
「伊藤忠健康憲章」が、これから社員にどのような影響を与えるのか、今後が楽しみです。
企業だけではありません。国も働き方の見直しを進めています。
厚生労働省は、退社してから出社するまでの時間を一定時間空ける「勤務間インターバル制度」を導入した中小企業に助成金を出す制度を開始しました。
帰宅してから出勤するまでの時間を空けることで、睡眠などの休息時間を確保しようという狙いです。
このように、国も企業も睡眠の重要性に気づき、最低限の睡眠時間を確保するために、働き方を見直そうという動きが少しずつ起こってきているのです。
次回「自覚できない『かくれ不眠』がいちばん怖い理由」は、10月7日土曜更新!