信長からの招待 京都二条にて

どうして、こんな奴らが天下を獲れたのか!? 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。信長(37)→部下全員置き去りで逃亡。秀吉(34)→殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。光秀(55)→経歴不詳。家康(29)→カンケイないのに絶対絶命 !迷走の果て、奇跡の決断ーー。2017年秋、27時間テレビ(フジテレビ系)でドラマ化! 「僕の金ヶ崎」(脚本:バカリズム/主演:大杉蓮)原案。


—のはよいけれど、信長が義昭将軍を京都に滞在させて岐阜に戻ったとたん、信長に蹴散らされた三好一族らが、信長の留守を狙って足利義昭の宿舎を襲撃するという事件が発生した。

 このときは明智十兵衛光秀の活躍によって退けた。

 だが信長は足利義昭の身柄の安全を確保するため、京都二条に守りをかためた城を造営することにした。突貫工事でおこなわれ、昨年永禄十二年二月に完工した。

 その、竣工祝いの席である。

「結局のところ、誰と誰がおるのだ」

 観世太夫と金春太夫が仕切って能興行をやるとまでは家康は聞いているし、家康が一番舞わなければならないことも決まっていた。信長はかなりの舞いの名手なので、武将は誰でもできるとおもっているのだろう。

「ええと、武家のほうはおわかりになりまするか」

 秀吉がささやいた。

「一応、足利義昭将軍を奉じての上洛は、徳川も加勢してともに上洛しとるからな。尾張衆はだいたい。佐久間信盛や林通勝、丹羽長秀、柴田勝家、森可成あたりは、信秀公(織田信長の父)の頃から面識がある。伊勢衆は北畠中将信雄卿(信長次男・織田信雄)ぐらいか。美濃衆は稲葉良通(一鉄)・氏家卜全・安藤守就の西美濃三人衆がいるところまでは」

「織田は急速に大身となりましたゆえ」

「あそこらへんにまとまっとるのは、畿内の諸将だな」

「御意。松永弾正殿、朽木元綱殿、三好左京太夫殿です」

「北近江の浅井備前守長政殿はおられぬのか」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

重版出来!有名な戦での人気武将4人の悪戦苦闘を描く「4人シリーズ」第1弾。

この連載について

初回を読む
金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

marekingu #スマートニュース 2ヶ月前 replyretweetfavorite

kiichiros 歴史小説初心者、大歓迎! 戦国武将たちの悪戦苦闘をユーモラスに描く歴史喜劇。 2ヶ月前 replyretweetfavorite

kiichiros 6掲鈴木輝一郎著『金ケ崎の四人』全文無料公開連載本日の更新連載5回「 鈴木輝一郎小説講座 2ヶ月前 replyretweetfavorite

kiichiros 5掲鈴木輝一郎著『金ケ崎の四人』全文無料公開連載本日の更新連載5回「 鈴木輝一郎小説講座 2ヶ月前 replyretweetfavorite