臆病な詩人がアイドルオーディションに出てみたら〈前篇〉

臆病な詩人こと、文月悠光さんのWikipediaの経歴には〈2013年に、講談社が主催する女性アイドルオーディション「ミスiD2014」へ応募して、個人賞を受ける。〉という一文があります。なぜ詩人がアイドルオーディションに? 今もその質問から逃れられない文月さん。当時、アイドルオーディションに見出した希望を振り返ります。

「アイドルといえば、文月さんもアイドルなんですよね!」

 某社会議室での打ち合わせ。初対面の仕事相手にこう投げかけられ、私は固まった。「い……いえ、ゴホッ。ちが、違いますよ!」と恥ずかしさでどもりながら、その話題をかわそうとする。

「え、でもアイドルオーディションに出られてますよね?」

 Wikipediaを見られたか。俯きそうになる顔を上げ、苦笑いを作る。

「まあ、若気の至りというか……。あははは」

 目のまばたきが止まらない。その話題はダメだ、早く終わってくれ、とそれとなく視線を逸らした。


 四年前の夏、私は「ミスiD」という、講談社主催のアイドルオーディションに出場した。
 ミスiDは、いわゆる歌って踊れる「アイドル」を選出するものではなく、個性的な女の子の活動を応援する趣旨の特殊なオーディションだ。

 華やかさとは無縁の私が、あろうことかファイナリストまで残り、選考委員の個人賞を獲得。ついにはミスiDの枠で、世界最大のアイドルイベント・TIFにも出演してしまった。
 普通の詩人をしていたら、到底立つことのない舞台だった。

 あのとき、私は一生分の非難を浴びた気がする。
 アイドルのオーディションになんて出てしまったら、好奇と誹謗の目に晒されるに決まっている。臆病で他人の目を気にしてばかりの私が、なぜそんな正気を失った奇行(と当時は思われていただろう)に至ったのか。

明け方に勢いでエントリー

 話は2013年6月にさかのぼる。

 私は講談社に向かって汗だくで走っていた。
 当時の自宅から、護国寺にある講談社まで、往復約6キロのランニングである。

 オーディション選考会場となる講談社のビルを眺め、引き返す。数日後にはここで、写真撮影と自己PR動画の撮影がある。間近に迫る審査に、不安でいてもたってもいられず、走り出してしまった次第だ。

 お寺に集う猫たちの顔を冷やかしながら、私はなぜこんな事態になったのかを思い返していた。


 今だから言おう。ミスiDにエントリーしたのは、半ば勢いだった。
 無論、「詩というジャンルを広く届けたい」「オーディションに出ることで、詩や詩人の存在をポピュラーなものにしたい」と当時の私は至極まっすぐに願っていた。

 その頃の私は、21歳の大学四年生。学生兼詩人として活動してきたものの、進学にも就活にも踏み切れず、「このままでいいのだろうか」と煮詰まっていた。

 ある深夜、Twitterを眺めていたら「ミスiDのエントリーの締め切りを、明日の朝7時までに延長します!」という告知ツイートが回ってきた。ミスiDというオーディションの存在は前年度から知っていた。文学アイドルの西田藍さんが入賞していたこと、作家の柚木麻子さんが選考委員(当時)として、応募を呼びかけていたことも大きかった。

 募集要項の「『これだけは誰にも負けない』特技を持っている女の子」の例の中に、「ダンス」や「歌」と並んで「文学」の文字があり、惹きつけられた。
 ここでは「文学」が個性として評価されている。狭い詩の世界ばかり見ていた自分にとって、そのスタンスは魅力的で輝いて見えた。外の世界の人たちに、詩を知ってもらえるチャンスかもしれない。


 札幌での中高生時代、私が一番後悔しているのは、詩を書くことや読書が好きであることを、恥ずかしいことのように隠し通して過ごしたことだった。
 同級生たちがスポーツや音楽が好きなのと同じように詩が好きなのに、そのことを口にすると、みんな困った顔をする。空気が固まる。「変わってるね」とか「うける」とか、声に出されなくても距離を置かれたり、陰で馬鹿にされたりすることが少なくなかった。

 世間がいかに詩に無関心か、身に染みてよくわかっていた。でもミスiDで詩を個性だと評価してもらえたなら、人の見方も変わるかもしれない。かつての同級生たちの顔が脳裏によぎる。

 ひたすら迷った後、「まあ求められてなかったら、落とされるでしょ!」とWEBのエントリーフォームに入力し始めたのは、朝5時過ぎ。要は、夜更かしのテンションで応募してしまったのだ。

へこみまくりの二次選考
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臆病な詩人、街へ出る。

文月悠光

〈16歳で現代詩手帖賞を受賞〉〈高校3年で中原中也賞最年少受賞〉〈丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞〉。かつて早熟の天才と騒がれた詩人・文月悠光さん。あの華やかな栄冠の日々から、早8年の月日が過ぎました。東京の大学に進学したものの、就職活...もっと読む

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コメント

nishiaratter 5年前ぐらいから新しめの“詩人”という方々を知って今さら詩が好きになった。この方達のお陰なのだと思う→ 9日前 replyretweetfavorite

keikiryu ゆっふぃーって文月さんとミスiD一緒だったのね 10日前 replyretweetfavorite

taquty 詩人・文月悠光さんのミスID体験記(前編)、面白いです。無料公開は今朝10時までだそうです。 https://t.co/2aEDcJ7Hin 10日前 replyretweetfavorite

hanzodayo ぜんぶ私の勝手な想像だけど、かつての文月さんにとって、詩が好きなことはコンプレックスで、だから逆にそこで評価を得ることで自分を好きになりたいという闘いだったのでは。「人の評価を得たい」という気持ちと真摯に向き合った文月さんは立派だ。 https://t.co/HfAllLATKf 11日前 replyretweetfavorite