天才信長に絶望的なまでに欠けていたもの

どうして、こんな奴らが天下を獲れたのか!? 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。信長(37)→部下全員置き去りで逃亡。秀吉(34)→殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。光秀(55)→経歴不詳。家康(29)→カンケイないのに絶対絶命 !迷走の果て、奇跡の決断ーー。2017年秋、27時間テレビ(フジテレビ系)でドラマ化! 「僕の金ヶ崎」(脚本:バカリズム/主演:大杉蓮)原案。



信長の戦略の特徴は、その圧倒的な資金力を背景にした、大軍の一極集中・短期決戦・短期離脱にあった。ただ、信長自身は万単位の大軍を組織立てて運用するのは決してうまくない。

 尾張の再統一時代には七百騎の手勢で二千騎をこえる敵を撃破したことも一再ならずあったそうだが、伊勢を攻めるときに何万騎かで敵城を包囲したが攻めきれなかった。次男・信雄を伊勢国司北畠氏に、三男・信孝を北伊勢神戸氏に、それぞれ人質に差し出すことでようやく伊勢を手に入れた。

 信長は、子供の喧嘩に毛の生えた程度の小規模戦闘の天才ではあった。その一方、どんなに合戦で敗北しても大局的な戦略上で勝利をおさめることにもたけていた。この中間の、大軍の用兵と戦術の才能がなかった。

 大軍の運用の基本は、組織的行動能力と人材管理能力と意思疎通能力にある。織田信長には、このみっつだけが、絶望的なまでに欠けていた。

 雨、であった。

 織田木瓜が染め抜かれた陣幕は降雨を吸わぬように折りたたまれ、雨よけにひろげられた一間の大傘の下で、信長が腕を組んで床几に腰かけていた。

 信長の形相に、家康はひるんだ。

 もともと迫力のある男である。

 何を考えているのかわからないし、何をするのか見当もつかないが、だれも予想のつかない結果を、誰も理解できない過程をへて見通す。

 要するに、とりあえず家康のような凡人には理解できないような先の先まで見通しているので、黙ってついてゆけばなんとかなる、というのがおおかたの信長評であった。

 それが、みるからに困惑と怒りに満ちている。

 信長の横には、ほんの何人かの馬廻衆と

 木下藤吉郎と

 明智光秀が

 いた。

 家康は、馬をおりた。

 織田家中でも屈指の早耳ふたりが、笠をぬぎ、顔面を蒼白にして、大童で剃り上げられた頭を雨に打たれるままにし、ひざまずいてうなだれている。

 家康は笠をほどいた。信長の前にひざまずこうとすると、

「徳川殿はひざまずかずともよい」

 信長は顎で空いている床几をさした。

 家康は座った。

「こいつらから聞いた。徳川殿がくるのなら間違いない」

 何が、とはいわない。

 浅井長政の武名は三河までひびいている。しかもこのとき、地勢的にも織田の主力は最悪の場所にあった。浅井長政に側面を突かれれば、一瞬で織田・徳川連合軍は壊滅する。浅井長政離反の噂が立っただけで、織田が陣をはったまま瓦解するのは明白なのだ。


重版出来!有名な戦での人気武将4人の悪戦苦闘を描く「4人シリーズ」第1弾。

この連載について

初回を読む
金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

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visual_times 歴史小説を横書きで読むのって新鮮。 / (cakes(ケイクス)) https://t.co/pWS7qmifxD #NewsPicks 約2年前 replyretweetfavorite

marekingu #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite

kiichiros 歴史小説初心者、大歓迎! 戦国武将たちの悪戦苦闘をユーモラスに描く歴史喜劇。 2年以上前 replyretweetfavorite

kiichiros 歴史小説初心者、大歓迎! 戦国武将たちの悪戦苦闘をユーモラスに描く歴史喜劇。 2年以上前 replyretweetfavorite