第29回 アップルの可能性を発見した最初の日本人との分かれ。

1983年10月6日、朝日新聞朝刊の一面に、アップル社とキヤノン販売の販売提携が大きく報じられます。情報の出所は他でもなく福島と、そして井之上パブリックリレーションズでした。アップルの知名度を引き上げることを狙っての、意図的な情報リークです。朝日の一面の影響力は予想以上の反響を呼び、その日のキヤノン販売には怒濤のように問い合わせが殺到します。一方、寝耳に水のESDの水島がアップルの人間に対する不信感を露わにします。


登場人物たち

スティーブ・ジョブズ 言わずと知れた、アップルコンピューターの創業者。1976年に創業し、1980年に株式上場して2億ドルの資産を手にした。その後、自分がスカウトしたジョン・スカリーにアップルコンピューターを追放されるが、1996年にアップルに復帰。iMac, iPod, iPhone などの革新的プロダクトを発表しアップルを時価総額世界一の企業にする。

水島敏雄  東京で「ESDラボラトリー」という小さな会社を営む。マイコンの技術を応用し、分析、測定のための理化学機器の開発を行うために作った会社で、ESDという名称は、 Electronics Systems Development の頭文字をとっている。東レの研究員として働いていた時代から大型コンピュータや技術計算用のミニコンに通じており、マイクロコンピュータの動向には早くから注目していた。ESDは日本初のアップルコンピューターの代理店となる。

『スティーブズ』

曽田敦彦 構造不況の中、業績が芳しくない東レが、「脱繊維」を掲げ新分野として取り組んできたのが磁気素材の分野だった。ソニーのベータマックス用としてはさらに薄地で耐久性のあるテープ素材の開発が必要で、45歳になる曽田はこのプロジェクトの中心として部下に20名以上の研究員を従えている。地味で根気のいる仕事ではあったが、東レがハイテク新素材メーカーへステップアップする上でこのプロジェクトは重要な意味を持っていた。

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スティーブズ(1) (ビッグコミックス)

--- - うめ(小沢高広・妹尾朝子) - 松永肇一
小学館
2014-11-28

この連載について

初回を読む
林檎の樹の下で -アップルコンピュータジャパン物語- ✕スティーブズ外伝

うめ(小沢高広・妹尾朝子) /斎藤 由多加

ふたりのスティーブ、ジョブズとウォズニアックが設立したアップルコンピューターは、1977年4月、サンフランシスコで開催されたウェストコーストコンピュータフェアに出展した。ジョブズがこだわりにこだわったベージュ色の本体の数が足りないので...もっと読む

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コメント

anthony_24 昔買った中古のAppleIIには東レのシールが貼ってたな。ESDラボの日本語ワープロはグラフィックで表示してたので字がめちゃくちゃ大きかった 2ヶ月前 replyretweetfavorite

tobu1 スティーブズ外伝 👉 2ヶ月前 replyretweetfavorite

toe_hiro この時のLisaと同様に、10年近く後になってもNeXTCubeを持て余すのですな https://t.co/Jwg9ug30lZ 2ヶ月前 replyretweetfavorite