電気サーカス 第86回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、友人や高校を退学した真赤たちと自堕落な共同生活を送っていたが、ある出来事をきっかけに彼女を痛めつけてしまう。その後、真赤は自宅に戻ったものの、二人の関係はまだ続いていた。

 着替えがなかったので真赤の長袖のTシャツを借りている。
 一見すると女物には見えないデザインではあるけれども、仔細に観察すると布地が薄く、若干素肌が透けているのが気色悪い。眠るときはアルコールが入っていたので気がつかなかったが、朝になって自分のこの姿を見ると憂鬱でたまらない。それを言うと、寝癖がついたままの真赤は笑った。
 花園シャトーに引っ越す時に生活用品を持ち去られたこの部屋には、かわりの新しいものが買い足されている。新しい羽毛布団、新しい椅子、新しい机の上には、やりかけの問題集と参考書が広げたまま置いてあった。PCは、僕と一緒に秋葉原に行って買ったノートをまだ使っている。
 真赤は花園シャトーに来たがらないので、会う場合は僕の方から訪ねることが多かった。
「水屋口さんも、そろそろあのマンションを出た方がいいんじゃない?」
 真赤はまだ二人でどこかにアパートを借りて住むという計画を捨ててはいないらしい。しかし、僕としては、今くらいの頻度で会うのが丁度良いように思う。
 そもそも、引っ越しどころか、このまま花園シャトーで生活を続けるのも難しい状況なのだ。真赤がいなくなって生活費の負担が減ったとは言え、収入がない以上、遅かれ早かれ行き詰まるほかない。
 ならば働かなければならないが、その意欲はない。全ては、なるようになるだけだろう。
「勉強はどう?」
「試験内容見たけれど、そんなに難しくない。ちゃんとやれば来年度中にとれると思う」
「そしたら普通に高校に通うより早く資格が取れることになるなあ」
「うん。もしうまくいったら、一年間受験勉強に充てようと思う。あっ、そうだ。文鳥は元気?」
「元気だよ。でも、やっぱり頭がおかしくて、すぐに噛みついたり唸ったりする。機嫌が良い時は、籠から出しても肩や頭にのってまとわりついてるんだけど」
「アハハ、相変わらずティッシュやカーテンを見せると怒っちゃう?」
「怒るよ。白くてふわふわしたものが大嫌いなんだな。なんであんな平和的なものを憎んでるんだろう」
 今日はT川君の合格発表ということで、タミさんとオシノさんが同行して三人で本郷の東大まで行っている。合格したならタミさんがそのT川君の表情をカメラにおさめ、オシノさんは一緒に喜び、不合格ならば二人で慰める算段だった。オシノさんはT川君と親しくもない、面識があるかどうかもよくわからない間柄のはずなのに、よく行ったものだ。
 発表を見た後は、このマンションに集まる予定になっている。服を着替え、こたつで横になっていると、オシノさんから電話があって、T川君の不合格を伝えた。
「彼はどんな感じ?」
 と訊ねると、
『真っ青で、死にそうな顔したはる。それで、ひとっことも喋らあらへん』
 オシノさんは音が割れるほどの大きな声で、実に明るく楽しそうにそう教えてくれた。
「オシノさんは笑ってるけど、T川君は合格したの?」
 向かいに座っている真赤にも聞こえたらしく、そう訊ねて来たので、落ちたと教えてやると彼女も笑う。
『それよりもな、うち、テレビにインタビューされたんやで』
「え?」
『受かった人がバンザーイ、バンザーイって言ったはるから、うちも一緒になってバンザーイってやってたら、取材に来てたテレビの人がうちのことを合格者と勘違いして、アナウンサーみたいな人が今の心境を聞かせてくださいって聞いてきゃはってん』
「なんて答えたの?」
『嬉しいです、って。あとなんか適当に答えといた。あれ、放送で流れるんかなあ。そしたら、観た人はうちのこと東大生やと思うんかなあ。ほんまは中卒やのに、悪いことしてしまった。アハハハ!』

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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