「なるほどー。そういう状況なんだねー」
「はい……」
「それで? 英恵ちゃんは、どうしたいの? 現状の何が嫌で、どんな未来が欲しいの?」
「え……あ、えっと……」
私はどうなりたいのだろう。言葉に詰まってしまった。
「今は、もう彼と会えないかもしれないというのが一番の悩みになっている感じはするけれど、少し前の曇りなくラブラブだった時期も、土日には憂鬱になってて、満たされてる感じではなかったんだもんね? ってことは彼が冷たくなるよりも前から、この恋について悩んでたってことだよね」
そうか。私はずっと悩んでいたのか。
「じゃあさ、彼のことは一旦置いておいて、まず英恵ちゃんの人生設計について訊いてもいい? 英恵ちゃんはこの先、どんな人生が送りたいとかそういうのある?」
「どんな人生……? どうなんだろう……」
「これだけは自分の人生において起きて欲しい出来事、っていうことって何かある? 例えば『結婚をしたい』とか『子どもを産みたい』とか。『起業したい』とか『お金持ちになりたい』とか、何でもいいのだけど」
「あ! 結婚したいです。子どもも産みたい」
「そうなんだ。あと逆に、こういう事態だけは避けたい、っていうのは、何かある?」
「えー……何だろう……」
「例えば、私の場合は『お金の苦労をしたくない』『海外には住みたくない』がそれかな。結婚相手の親と同居とかもヤダ」
「ああ! お金の苦労は、私もしたくないです」
「なるほどね」
言いながら、ハナコはノートに「結婚、出産/お金の苦労」と書いていく。
「結婚っていうのは彼としたいの? 子どもは彼の子が欲しいの?」
「えっ……」
洋司に出会うよりもずっと前から当たり前の願望として、いつか結婚がしたい、子どもが欲しい、とは思っていたけれど具体的には考えたことがなかった。
「結婚はともかくとして、出産はタイムリミットあるからね。親になれれば何でもいいってことじゃなくて、自分の子どもを産みたいんだもんね?」
「え、あ、はい、相手の連れ子とかじゃなくて、自分の子どもを産んで母親になりたいです」
「そしたら今、英恵ちゃんは32歳だから、あと1年以内に誰の子を産みたいかを決めた方がいいし、そこから1年以内にはその相手から俺の子を産んで欲しいと思われた方がいいし、それで35歳では出産したいよね」
「そう、ですね……!」
「35歳以上で産んでいる人はいくらでもいるけど、それって結果論であって、年をとればとるほど出産のリスクは上がる。母体はもちろん、生まれてくる子ども側のリスクのこともあるし。そう考えると、英恵ちゃんが絶対に子どもを産みたいのであれば、35歳より前に産む人生設計にした方がいいと思うよ」
「はい……!」
「で、今のところは誰の子、産みたいの? 彼の子なの?」
「え……」
私は洋司の子を産みたいのだろうか。土日が来るたびに、洋司と結婚して子どもを産んでいる彼の奥さんを恨めしく感じ、羨ましいとも思っていた。
積極的に彼ら夫妻の離婚を望んではいなかったけれど、奥さんと子どもが交通事故などで一気に死んでくれたらいいなぁと願うことはよくあったし、お酒を飲んで甘えん坊になった洋司から「子どもが二十歳になったら離婚するんじゃないかなぁ」などと言われるたびに、彼と家庭を持つ日が来ることを期待している自分がいた。
「でもさー」
英恵が自問自答しているとハナコが口を開いた。
「英恵ちゃん、お金の苦労したくないんだよね? その彼を奥さんから略奪して結婚して出産したとして、お金の苦労をするパターンの人生だとは思うよそれ」
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