電気サーカス 第84回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や高校を退学した真赤たちと自堕落な共同生活を送っている。ある出来事で怒りに我を忘れた“僕”は真赤を痛めつけ、警察沙汰に。逮捕はまぬがれたが、真赤は実家へ帰ってしまった。

 真赤とオシノさんは一週間ほどで栃木から戻って来た。
 久しぶりに見る真赤は、目の周りと口の周りに青黒い痣をつけており、一週間たってから初めて見た自分の暴力の痕跡に、僕は何も言えなかった。
 一方、真赤は真赤で引け目があるらしく、もじもじとしたまま話し出せないでいた。
「真赤ちゃんのおうちでめっちゃ優しくしてもらって、楽しかったあ」
 その二人の脇でオシノさんは目を輝かせて土産話をはじめる。
「高そうな鉄板焼きのお店に行って、フォアグラの乗ったステーキを食べさせて貰ったりしたんやで」
 それから、神社にお参りに行っただの、何故か真赤の父親から小遣いを貰って小物を買っただのという話をするのに、僕は曖昧に頷いて、真赤は控えめに補足した。
 そうしてその話が一通り終わると、
「あのね、これ水屋口さんに買って来たの」
 真赤はやっと僕に向かって口を開き、バッグから紙箱を取り出して僕に突きつけた。受け取ると、箱には『COMME CA DU MODE』と印刷がしてあった。蓋をあけると、中には二つ折りの革財布が入っている。
「ずっとボロボロの財布使ってたでしょ。だからちゃんとした財布があったらいいかなって」
 そう言って、真赤は不安そうな顔つきで僕の表情をうかがう。まだ責められると思っているのかもしれないが、こちらにはもうそんなつもりはなかった。
「ありがとう。さっそく使わせて貰うよ。小銭がポロポロと落ちてすぐなくなるから、困ってたんだ」
 笑ってみせると、それで彼女もやっと安心したのか、嬉しそうに微笑んだ。
 久しぶりに107号室のメンバーが全員揃ったので、坂を下りたところにあるガストまで繰り出した。
 夕食時の店内は混雑をしている。やって来た店員に、人数と喫煙非喫煙を答えると、レジで会計をしていた大学生グループが振り返り、真赤の痣だらけの顔をジロジロと見た。しかし見られた真赤本人は気づかないのか、気にしていないのか、オシノさんと笑いながら話し合っている。
 会食が始まるとまたオシノさんは栃木での出来事を語り、真赤はネットの噂話について話したがった。僕とタミさんはほうれん草とベーコンのバターソテーを頼み、ほうれん草というものは実に美味しいものだなあという話をした。それから、宇見戸が『RM』とは別に企画しているイベントの話をした。
 『RM』のようにひっきりなしに音楽をかけて踊るのではなく、もっとゆったりとした場所で、映像などを流しつつ、ソファーに座って歓談するようなイベントをやりたいと言っている。スマートドラッグの類を持ち寄ったりもするらしく、タミさんも大変楽しみだと言った。
 真赤はそのまま一晩泊まった。そして翌日も昼過ぎまで花園シャトーで過ごしたが、暗くなる前に帰さなくてはと、四時頃に僕は彼女を促して家を出た。
 歩き慣れた駅までの道を、二人で並んで歩いた。真赤からは堅さが取れ、普段通りの態度に戻っている。そして、とめどもなく喋り続けている。コンタクトレンズを片方だけなくしたから、風景がおかしな感じに見えるとか、実家にいるときに買って貰った新しいスニーカーの履き心地が悪いとか。
 彼女を改札口で見送ってから、家に帰る。朝にやるのを忘れていた文鳥の水換えと餌やりを済ませ、サイトの日記を更新した。
 トイレに行くために部屋を出ると、オシノさんは換気扇の下で煙草を吸っている。タミさんの部屋の戸は開きっぱなしで、ヘッドフォンをつけてPCに向かっているのが見える。
 そうして、まるで何事もなかったかのように僕らの生活は再開された。僕は違和感にとり残されている。
「真赤ちゃんのご両親って、なんか言ってたのと違ったなあ。家でいじめられてるって聞いてたけど、全然そんな感じしいひんかった」
 少し後になって、オシノさんは独り言のようにそう言っていた。そして他にはこうも言っていた。
「お父さんは、ちょっと水屋口さんと雰囲気が似てたような気がする」

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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