待ち続けた電話がついに鳴った。岡本くんからの、数週間ぶりの連絡だった。
おう、うん、それでそこはどこなの? うん、うん、と土岸は半笑いで話す。
「今からそっち行くから」
と、土岸が言った。
は? とか、なにそれ? とかいう声がスピーカーから聞こえる。
「今もう新潟なんだよ。朝イチのフェリーで行くからな」
えー! という声を嬉しそうに聞きながら、土岸は一方的に電話を切った。
「あいつ、佐渡にいるんだって」
「まじかよ!」
「旅館の従業員の朝は早いんだってさ。ずっと寝てて、今起きたとこだって」
岡本くんはどうやら、佐渡の旅館で真面目に働いているらしい。ようやくわかった岡本くんの消息に、彼女は少し涙ぐんでいる。
ロードマップを開いて場所を確認した彼らは、また車を走らせた。
港で手続きをして、車ごとフェリーに乗り込む。朝焼けと共に動きだしたフェリーは、二時間くらいで佐渡島に着く。
きぃぃぃぃ、というカモメの鳴き声が聞こえた。
その旅館の駐車場に入り、ひとまずクラクションを鳴らしてみる。ほとんど同時に、旅館の上っ張りを着た岡本くんが、飛びだしてきた。
「岡本!」
土岸が大声で呼んだ。
こっちを向いた岡本くんは、彼女や小森谷くんにも気づく。
会えて嬉しい、と言って彼女が泣きだした。彼女の肩に手をやる岡本くんは、明らかに困った顔をしている。
二人を満足そうに眺めた土岸が、一旦車に戻った。
「さあ、おれらは泳ぐぞ!」
土岸はいつの間にか海パン姿になっていた。さっさと泳いで日野に戻って、彼らは夜勤をしなければならない。
「ありがとうございます!」
「お箸は付けますか?」
佐渡で泳いだ十数時間後、砂浜で爆睡してしゃれにならないほど日焼けした二人の男が、日野のコンビニで声をあげていた。
変化のときは、いつも突然だった。
「いつも三人一緒なんだから、いっそ一軒家で三人暮らしすればいいんじゃね?」
残暑の中、土岸がいきなり言った。
新潟から戻ってきた岡本くんが、またコンビニバイトに復帰していた。まだまだ暑い夏が、長い長い尾を引いている。
「3LDKで、リビングは広めがいいな」
ぐいぐい話を進めるのは土岸だったが、彼も岡本くんもまんざらではなかった。
すでに一人暮らしをしている岡本くんにしてみると、共同生活のほうが家賃も安くなる。小森谷くんにしてみたら、初めて実家を出ることには、やはり単純に興奮を覚える。
やがて土岸は、八王子郊外にある、なかなか良さそうな物件を見つけてきた。
土岸はそういう嗅覚に優れ、また行動も決断も早かった。三人暮らしという言葉を初めて聞いて、まだ三日しか経っていなかった。
「ここなら大学も行きやすいし、バイトも近いだろ?」
「ああ、そうだな」
すっかりその気になった三人は、すぐ不動産屋に出向いて手付け金を払った。その場で、二週間後に引っ越すことが決まった。
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