はい、息んで! ひーひーふー! ひーひーふー!

畑では、普段なかなかお目にかかれない生き物の神秘的な姿を見ることができるのだそう。金田さん夫婦の菜園にも四季を通じてさまざまな生き物がやってきます。そんなある日、金田さんはある光景を見て、「ぎゃー!」と絶叫して尻もちをついてしまい……。

気が散るからあっち行け

秋が深まった頃、畑の土の上に、じっとしているバッタを見つけた。

この子が今年最後のバッタだろう。虫の神様のお迎えを、待っているのにちがいない。

「そこじゃ寒いよ。もっと暖かい場所へ移してあげる」

私は、バッタをそっとつまんで、持ち上げようとした。

「え?」

びくともしない。なんという怪力だ。

地面に膝をつき、もう一度バッタをつまんだ瞬間、

「ぎゃー!」

私は絶叫して、尻もちをついた。

バッタの尻が土の中につっこまれていたからだ。

「バ、バ、バッタが、出産してるー!」

初めての光景に、私の目は釘づけになった。

土に挿入されたバッタの尻は、パン粉をつけて揚げたらうまそうな、エビそのものだ。


完全にクルマエビです。一生でいちばんたいへんな瞬間だろうに、バッタは叫びも鳴きもしません。

「出産じゃなくて、産卵ですよ」

そう言いながらそばへ来た夫は、バッタを見おろして嫌な顔をした。

「うちの畑で卵を産んでもらっちゃ困るよ。ここで子どもがかえるってことは、うちの野菜を食っちゃうってことだからね。よそへ行ってもらって」

分娩中の母に立ち退けとは、なんという無情。

「このバッタの子にとって、うちの畑は実家なんだよ。実家でごはん食べて何が悪い?」

私は小石を拾って、バッタを守るように囲うと、出産に立ちあうことにした。

「はい、息んで! ひーひーふー! ひーひーふー!」

焼きイモをほおばりながら、声援をおくる。


小石で囲う前ですが、膝の斜め横あたりにバッタがおります。

ところが、何分たっても変化がない。

「頑張れ、もう少しだよ」

頭や背中をさすってやったが、ちっともうれしくなさそうだ。

「気が散るからあっち行け」と言っているようにも見える。

そのうちに私も飽きて、ほんの少し目を離し、そのすきに、バッタはカブの畝にとんでいってしまった。

尻をつっこんでいた穴も自分で埋めたらしい。あとにはただ小石が残されていた。

過去なんて興味ない

脱皮をしたバッタを初めて目にしたのも、畑だった。

学校で習うことだが、忘れた人のために解説しよう。

卵からかえったバッタの幼虫は、チョウやカブトムシとは違って、さなぎにはならない。成長の節目となるのは「脱皮」だ。脱皮をするたび、バッタは少しずつ大きくなる。

Mサイズのパンツがきつくなって、Lサイズに履き替えるような感覚なのだろうか。

ただしバッタは、パンツとシャツを別々に脱いだりはしない。体を覆うすべての外皮が、一体化したまま脱げる。

だから抜け殻はまるっきりバッタで、目もあれば触角もあり、曲がった足のギザギザした部分もそのままだ。

顔も体もあるのに実体がない空っぽのバッタは、その色のせいで、幽体離脱した魂のようにも見える。


セミやヘビの抜け殻は「もぬけ」と言いますが、バッタも同じでしょうか。「もぬけの殻」の「もぬけ」です。

バッタは、脱いだ殻のそばでじっとしていた。

裸になった人間にはつい触りたくなるが、脱ぎたての虫に触れてはいけない。

「脱皮したては体が軟らかくて傷つきやすいから、見るだけにしな」と夫に教えられた。

しばらくすると、バッタはゆっくり移動を始めた。脱いだ皮にはなんの執着も見せずに行ってしまうようだ。

「かっこいいなぁ」

その潔さに、私は感動した。

「おれは過去には興味がない」と言っているように見える。

私も、切った爪やちぎった甘皮に愛着は感じないけれど、全身の皮がそばに転がっていたら、放ってはおけないだろう。

「いいなぁ、脱皮って。人間もさ、試練を乗り越えたらひと皮むけるとか、洗練されたらひと皮むけるとか、実際に脱皮したら成長がわかりやすいのにね」

そして脱皮した日には、お赤飯を炊いて祝うのだ。

「でもさ、急に来たらこまるよね。会社へ行く朝の電車とかで」

きっとそれは便意のように襲ってくるのだと、夫は言った。

「そうなると、駅のトイレとかに脱皮室がつくられるんじゃない?」

“脱いだ皮は便器に流すと詰まります。備え付けのボックスに入れてください”とかいう注意書きが貼られるのだろう。



ちなみに、ネットで調べると、バッタは脱いだ皮を食べるとも書かれています。私の見たバッタがなぜ皮を置いて立ち去ったのかはわかりません。急ぎの用でもあったのでしょうか。この皮も、置き去りにされていました。


上の写真は、たぶん、日本最大のバッタ、ショウリョウバッタの皮と思われます。

しつこいよ

四季を通して畑にいると、生き物のいろいろな姿を目にする。

トマトに産みつけられたカゲロウの卵、小さな殻を背負った生まれたてのカタツムリ、空を舞うキアゲハや、土にもぐっていくオケラ。人の都合で「害虫」とよばれる虫もふくめ、私は生き物のあふれる畑が大好きだ。

なかでも、カエルが見せてくれた思いがけない瞬間を、本人の語りでご紹介しよう。

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シロウト夫婦のズボラ菜園記

金田 妙

毎日、採れたての新鮮な野菜が食卓にのぼる。そんな生活に憧れる人は多いのではないでしょうか。自分で野菜を作れればよいけれど、畑はないし、仕事は忙しいし、週末は遊びたいし…。それでも、思いきって家庭菜園の世界に飛びこんでみたら、おもしろい...もっと読む

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コメント

suerene1 https://t.co/QnuDjF5VIR 約3年前 replyretweetfavorite

kingmayummy この連載すごく好き。(っていうかcakesの連載はだいたい好きという結論)> 約3年前 replyretweetfavorite