志らくの『芝浜』は可愛い女房が起こす騒動

同じ『芝浜』は一つとしてない。
志ん生、文楽ら昭和の名人から、志ん朝、談志、さらには小三治、談春、一之輔など現役トップの落語家まで、彼らがどのように演目を演じてきたのかを分析。落語の魅力と本質に迫る新刊『噺は生きている 名作落語進化論』(広瀬和生著)。
本書の刊行を記念し、cakesでは「第一章 芝浜」を特別公開します。
第8回は、立川流の鬼才、立川志らくの『芝浜』について。

女房をもっと可愛く

立川志らくは談志の「可愛い女房」を、もっともっと可愛く描く方向へ向かった。

志らくの『芝浜』の女房は、魚屋として働く勝五郎が好きな、ちょっとバカなところが可愛い女。

冒頭、起こされた勝公と女房はこんな会話を交わす。

「お前さん、20日も河岸に行ってないよ。魚屋さんなのに河岸行かないと、魚屋さんが腐っちゃうよ」
「なんだそりゃ?」
「ねぇ、河岸行ってよ。今日から行くって約束したでしょ」
「教えてやろう。約束は破られるためにある。おやすみなさい」

するとこの女房、「あなたが行かないならあたしが行く!」とネジリハチマキして河岸へ行こうとする。「わかったよ、俺が行くよ」と出て行った勝公、芝の浜で42両拾って帰ってくる。

「それ、誰のもの?」
「俺が拾ったから俺のものだろ」
「お前さんひとりの?」
「おめぇと俺のふたりのモンだよ!」
「ホント? よかった、これでもうお酒の心配いらないね」
「そうさ、いいもの食って、いいもの着て」
「でも落とした人、困ってるよね。落とした人を探して『使っていいですか?』って訊いてみようか」
「落としたヤツがわからないから俺のものなんだよ。海で落としたんだから諦めてるだろ。かんざしだって道で落としたら探すけど、海に落としたら探さないだろ?」
「じゃあ、もらうのはいいこと?」
「いいことだ!」

それを聞いて素直に喜んでいた女房は、次の言葉を聞いて不安になってくる。

「もう朝っぱらから起きて商いなんざぁ行かなくていいんだ」
「え? でも勝っつぁんはお魚屋さんでしょ?」
「やめるよ、商売なんざ」
「商売、なんでやめちゃうの?」
「銭があるじゃねぇか! なんで人は働くんだ? 銭がほしいからだろ? 銭があったら働かねぇよ」
「魚屋さんじゃなくなっちゃうの? お前さん、魚屋さんじゃなくていいの?」
「いいよべつに」

この一言がきっかけで、女房は大家に相談しに行き、これが夢だったということにする。

魚屋さんじゃなきゃイヤ

その一件から三年後の大晦日、福茶を飲み、笹飾りのサラサラという音を聞いて、「三が日は晴れるな。飲めるヤツは楽しみだ」「飲みたいんでしょ」「飲みたかねぇよ。お、除夜の鐘だ。いい大晦日だな」と、そこまでは談志と同じ。

と、ここで談志にない台詞が出てくる。

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広瀬和生

同じ『芝浜』は一つとしてない。 志ん生、文楽ら昭和の名人から、志ん朝、談志、さらには小三治、談春、一之輔など現役トップの落語家まで、彼らがどのように演目を演じてきたのかを分析。落語の魅力と本質に迫る落語評論本、『噺は生きている 名...もっと読む

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コメント

jhanagata はー。 これすごいな。 深いなー。ホント深いなー。 約3年前 replyretweetfavorite

Iii44698912Q |広瀬和生|噺(はなし)は生きている 名作落語進化論 芝浜の名高い名女房を馬鹿で一途な恋女房に仕立てるなんざ、落語ってのは本当に粋で愛おしい。 今日はもう起きよう 「夢になるといけねぇ。」 https://t.co/z5IMtrpcaI 約3年前 replyretweetfavorite

ell_talk 落語心中以来、落語好きになった。 約3年前 replyretweetfavorite

hivarin #SmartNews 書評っぽい記事でとるやん https://t.co/O9cGLnSMoy 約3年前 replyretweetfavorite