合法化はビジネスチャンス?
メキシコで取材中、長年麻薬戦争を追いかけているという現地ジャーナリストと話す機会があった。現地の新聞に麻薬カルテルに対して批判的なコラムを掲載するなど精力的に活動してきた人である。彼にアメリカのマリファナ合法化の動きは、麻薬カルテルに対して効果的な牽制になり得るのか聞いてみた。
「それは、ナンセンスな質問だと思うな」
「どういうことですか?」
「メキシコの麻薬カルテルは、これをチャンスと見ているよ」
「チャンスというのは? アメリカでおおっぴらにマリファナが販売されるのは麻薬カルテルにとって不利益でしかないと思うのですが」
私の質問に対して男性は「またナンセンスなことを」と言いたげな表情を浮かべた。若干、バカにされた感じで私の意見が否定されているのはわかったのだが、肝心の答えを聞くまでは納得できない。
というのも、マリファナ合法化によって麻薬カルテルが弱体化するという流れは明白に思え、私にとってもここまで追いかけていた麻薬問題の根幹を成すフレームのひとつと言えるものだから、簡単に否定されては困る。もったいつけずにとっとと結論を言ってほしいと思っていた。甘い意見だったらこちらも否定する気満々だった。
「いまメキシコではマリファナは違法じゃないことを知っているか?」
「それは、限定的な認可ですよね」
メキシコでは、単純所持や個人使用のためのものであれば、実質的に罪に問われないことになっている。
「いまアメリカに流通しているマリファナのかなりの割合をメキシコ産が占めている。ロスを経由して全米に行き渡る。全米総量の半分ぐらいとする説もあるぐらいだよ。密輸されていてこの現状だよ」
「国境で没収されることもあるわけですもんね」
「そうだよ。国境警備は常に目を光らせているから。でもブレインたちは次々に新たな密輸方法を考えていく。ドローンを使った密輸なんかもその一種だよ。そうやって行き渡ったマリファナがどこで生産されたかなんて考えられないだろうさ」
「カルテルがチャンスと見ているというのは?」
「ビジネスとして考えている、ということだよ。アメリカだけでなく、メキシコも全面的なマリファナ合法化の方向に傾いている。このまま認められたら、彼らは合法的に土地を取得して、多くの人間を雇用してメキシコをマリファナの一大生産拠点にするつもりだ。それを実現できるだけの資金や人、栽培ノウハウを持っている。だから、マリファナの合法化はカルテルにクリーン(合法的)な資金を与えるだけなんだ」
高品質のマリファナが大量生産できるとしたら……。私はニューヨークのドラッグディーラーが「品質さえ良ければ高単価であっても売れる」と言っていたことを思い出した。麻薬とは合法、違法にかかわらず品質が求められるものなのだ。
「良質な」マリファナを供給するメキシコのカルテルは、さらなる富を手にすることになるだろう。また、アメリカの合法化の動きには、マリファナの流通ルートを透明化して、それに課税したいという思惑も見え隠れしている。酒とマリファナは直接リンクするものではないが、すでに合法化されているコロラド州ではアルコールからの税収よりも、マリファナからの税収のほうが上回っているという。アルコール類も安酒だけが売れるわけではないことを見れば、嗜好品に対して人々が何を求めているのかは明らかだろう。このジャーナリストは次のように締めくくった。
「犯罪組織に資金が流れるのはいいことじゃない。しかし、悪いことばかりでもないと思うんだ。麻薬栽培の現場で働く人たちはただの農民であって、犯罪に加担している意識はない。そんな彼らを従わせるために銃を持つような連中が減ってくれたら、いい方向にいくと思うんだ」
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