道路脇に横たわるのは……
一瞬目を疑ったが、それは道路脇に転がっていた。
血まみれの男性の死体。
ピクリとも動くことのない男が倒れていたのは、メキシコシティの西に位置するミチョアカン州。州都のモレリアで案内をしてくれる、映画『カルテル・ランド』のメキシコ撮影ユニットのメンバーで、ジャーナリストのホセとダニエルと合流し、州西部のヌエバ・イタリアへ向かう道中のことだ。
車から景色を眺めていると、突然国道の路肩に男性が寝転がっているのが見えた。
「死体!?」
思わず飛び出た言葉に車内が一瞬、静寂に包まれる。自分の言葉に信じられない気持ちはあったが、恐怖心は感じなかった。ただ、いま見たモノがなんだったのかを知りたい。
「戻って! 確かめたい」
通訳を通さず、独断で運転手に伝えていた。それでも反対する者はいなかった。
急いで現場に戻ると、目が潰れて頭から血を流した男の死体が無造作に放置されていた。作業着とジーンズの組み合わせで上等な服装はしていないが、違和感があったのは靴を履いていないこと。ここはハイウェイのど真ん中だ。靴を履かない男が路上で死んでいる理由はなんなのか。その場で判断を下すことはできなかった。ただ、無残な躯となった男の顔が脳裏にくっきりと焼き付いた。
人が横たわっている
気になる答えは翌日の新聞にあった。死因不明にもかかわらず事故として処理されたと報じていた。
「これは殺人ではないのか?」
いくらなんでも、それはないだろうという思いをホセとダニエルに伝える。
「事故だと報じているな」とダニエル。
「そんなはずないだろ。だったら根拠は?」
「財布がポケットに残されていたので、事故だろうということだ」
「いやいや、見ただろ。目が潰れていたし、なにより靴を履いていなかったんだぞ」
「うーん」
「あんな高速道路のど真ん中を裸足の男が歩いていて、事故に遭うなんて……誰も疑問に思わないのか?」
詰め寄る私に、ダニエルがこう言った。
「それはだな、ここがメキシコだからだ」
新聞の一面を見せてくる。そこには数体の遺体が見せしめとして放置されていたという記事が写真入りで掲載されていた。
「これがこの街の近所で起きていることだ」
自分が入り込んだ街の状況を否応なく突きつけられた気分だった。麻薬カルテル同士の抗争では、見せしめのため、バラバラにした死体を路上に放置したり、生首を道路上に並べるなど、残忍な〝処刑〟が行われる。今回の男性もどこかで拷問を受けた後、車から捨てられた可能性が高い……はずなのだが、それすら明らかにしても意味がないという空気が現場には漂っていたように思う。メキシコが直面している闇の深さ、犯罪の凶悪さがはっきり伝わってくる。なにより、そんなところに自分がこれから突っ込んでいくということに、いまひとつ現実感を抱けないままだった。
立ち上がった自警団
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