村上春樹の読み方『風の歌を聴け』前編

4月12日に『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)が発売される村上春樹。発売される前に増刷がかかり、すでに発行部数が50万部に達しているといいます。毎年ノーベル文学賞候補とささやかれる、日本を代表する作家です。本連載は今回から「村上春樹の読み方」と題し、初期作品から紐解くことで、村上春樹はいかにして村上春樹になったのかを追っていきます。まずはデビュー作『風の歌を聴け』(講談社文庫)。finalventさんによる村上春樹をめぐる冒険の始まりです!

芥川賞候補としてどのような評価を受けたのか

 作家の本質は処女作に表れるとよく言われるが、すでに円熟期にある村上春樹についても当てはまる。むしろ、処女作を含めた大河小説(サガ)のようにも読める初期四部作には今日の村上春樹文学の原点があり、なかでもその筆頭である村上春樹29歳の処女作『風の歌を聴け』(1979年)には、彼の文学の今も変わらない特徴がよく表れている。と同時に、今再読することで彼の文学に対するある種の誤読の傾向も確認できると思う。その足がかりに、書き手の側と読み手の側、全体の構図が見渡せるような観点から、この処女作を読み直してみたい。そしてもし再読結果が意外に思えたなら、村上春樹文学はまだ十分に評価されていないことになる。


風の歌を聴け 講談社文庫

 まず、この作品の文学界における奇妙な位置づけに触れておきたい。奇妙というのは、処女作という以外にどのようにとらえられているかである。二点ある。

 一つは、この作品が芥川賞を逸していることに関連する。作品が十分ではないがゆえに芥川賞が取れない、とは限らないが、この作品にとっては事態は逆で、本作品を排したことでむしろ芥川賞の文学的な意義が希薄になった。当時の芥川賞選定委員は作品の情緒や手法に焦点を当てるだけで、評価の前提となるその構造は正しく読み込まれていなかった。

 『風の歌を聴け』は第22回群像新人賞(『群像』1979年6月号)を受賞したのち、第81回芥川賞の候補となったものの、落選した(受賞は重兼芳子『やまあいの煙』(文春文庫)と青野聰『愚者の夜』(文春文庫))。選考委員は、井上靖、遠藤周作、大江健三郞、開高健、瀧井孝作、中村光夫、丹羽文雄、丸谷才一、安岡章太郎、吉行淳之介の10名である。好意的に評したのは群像新人賞選考と重なる丸谷と吉行の2名だが、遠藤、大江、瀧井の3名は本作に対して、どちらかといえば否定的な評を述べた。残り5名は事実上黙殺した。否定的な見解を示した遠藤と大江の評は、現時点で振り返ればそれ自体が本作品を読み込めていないことを示している。

〔遠藤評より〕
氏が小説のなかからすべての意味を取り去る現代流行の手法がうまければうまいほどに私には「本当にそんなに簡単に意味をとっていいのか」という気持ちにならざるをえなかった。
〔大江評より〕
今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をかれ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向性づけにないのが、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた。

 この二評についてはこの再読作業の後に読み返してみるとよいだろう。しかし、遠藤の求める意味は構造によって強化されているし、大江のいう模倣性はごく表層的なものである。

翻訳作で見え隠れする村上春樹の本音

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