藤田貴大
小指の爪が割れた。
ーぼくが一線を越えそうになる瞬間ー
【第16回】 夏の終わりに、「ぼくは女子になりたかった」と独白せざるをえないのは、なぜ? あの記憶もこの記憶も「男性」であることを意識せずにはいられない。そして、妄想のなかで勝手に女子を・・・。これは金木犀の匂いのせい?
たぶん足の小指の爪だろう。たったいま、割れたのだろう。小学生くらいの女子が、 道端で痛そうにしゃがみこんでいる。もう夏は終わったというのに、サンダルなんて履いているからだ。ぶあついレンズのメガネをかけていて、色白だ。初潮が始まったくらいだとおもう、痛がる口元の周りには産毛よりもすこし濃い毛が生えているし。 胸も、膨らみたてなかんじだ。
金木犀(きんもくせい)の匂いが漂う、ここは坂道だ。この坂道で、ぼくらはふたりっきりだ。しゃがみこむ彼女は痩せているから、首の骨が浮き出ている。彼女が小指の爪を割った隙に、彼女を連れ去ることもできてしまう、成人男性としての自分にゾッとする。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。
17262
false
この連載について
藤田貴大
演劇界のみならず、さまざまなカルチャーシーンで注目を集める演劇作家・藤田貴大が、“おんなのこ”を追いかけて、悶々とする20代までの日常をお蔵出し!「これ、(書いて)大丈夫なんですか?」という女子がいる一方で、「透きとおった変態性と切な...もっと読む
著者プロフィール
1985年生まれ、北海道出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻、2007年に『スープも枯れた』でマームとジプシーを旗揚げ。2011年に発表した三連作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を受賞。2013年『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。』で初の海外公演。さまざまな分野のアーティストとの共作を意欲的に行うと同時に、中高生たちとのプロジェクトも積極的に行っている。主な演劇作品は『あ、ストレンジャー』『cocoon』『書を捨てよ町へ出よう』『小指の思い出』『ロミオとジュリエット』『sheep sleep sharp』など。著書に『おんなのこはもりのなか』『Kと真夜中のほとりで』がある。