僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
図書室にて
僕「……そして、ユーリにこんなクイズを出したんだよ」
座標平面上に、三角関数を使って点$(\cos\theta, \sin\theta)$を動かし、単位円を描いた。
ところがここで、 $x$の値が$\frac{1}{2}$のとき、 $y$の値は$\frac{\SQRT{3}}{2}$と$-\frac{\SQRT{3}}{2}$の二つあることがわかる。
関数の定義によれば、$x$の値を一つ決めたとき、 $y$の値が一つ決まらなければならないという。 ところがここでは$y$の値が二つに分かれてしまった。
ということは、三角関数は関数とはいえないのだろうか。
テトラ「なるほど……」
僕「何が問われているかはわかるよね、テトラちゃん」
テトラ「はい、わかります。関数の定義を考えると、 具体的な$x$の値を一つ決めたときに$y$の値がたった一つ決まらなくてはいけません。 とすると、ある$x$の値を一つ決めたときに、 $y$の値が二つ決まるようなものは関数と呼べないということです。 ですから、この図のように表したら三角関数も関数とは呼べなくなってしまうのではないかっ!……という問題ですね」
二つの集合$X$と$Y$を考える。
集合$X$のどんな要素$x$に対しても、 集合$Y$の要素$y$がたった一つ定まる規則$f$があるとしよう。
このとき、$x$に$y$を対応付ける規則$f$のことを、集合$X$から$Y$への関数$f$と呼ぶ。
そして、関数$f$が$x$に対応付けている要素のことを、 $$ f(x) $$ と書く。
集合$X$のことを、関数$f$の定義域(ていぎいき)という。
集合$Y$のことを、関数$f$の終域(しゅういき)という。
※これは写像の定義。集合$Y$が数の集合のときを関数ということが多い。関数は写像の一種である。
※規則は数式で表されている必要はなく、対応が定まっていればよい。
僕「そう、その通り。テトラちゃんはこのクイズは解ける?」
テトラ「はい、解ける……と思います。単位円を描くときには、座標平面上の点$(x, y)$を、 $(x, y) = (\cos\theta, \sin\theta)$として決めます。 ここで出てくる$x = \cos\theta, y = \sin\theta$というのはどちらも三角関数です」
僕「そうだね。それで?」
テトラ「はい。$x = \cos\theta$では、実数$\theta$を一つ定めると、実数$x$がたった一つ定まります。ですから$\cos$は実数全体の集合から、実数全体の集合への関数といえます……よね?」
僕「いいよ、いいよ」
テトラ「同じように、$y = \sin\theta$では、実数$\theta$を一つ定めると、実数$y$がたった一つ定まります。ですから$\sin$も実数全体の集合から、実数全体の集合への関数といえます」
僕「うんうん」
テトラ「でも、先輩のクイズでは、実数$x$を実数$y$へ対応させようとしています。これは、先ほどの$\cos$や$\sin$の対応とはちがうものです。 ですから、$x$に対して$y$が二つ決まってしまうからといって、 $\cos$や$\sin$が関数じゃないとはいえません……という答えではいかがでしょう」
僕「そうだね。そういうこと。関数を考えるときには、 何に対して何を対応させているかをはっきりと考えなくちゃいけないってこと」
テトラ「はい、そうですね」
僕「三角関数だと、$x$と$y$と$\theta$のように三つの変数が出てくることがあるから、グラフを描くときも注意が必要になるよね」
テトラ「注意といいますと?」
僕「つまり、何を座標軸に選ぶかという意味だよ。$x$軸と$y$軸を座標軸に選んで$(x, y) = (\cos\theta, \sin\theta)$とする。 そして$\theta$を動かすと単位円が描ける。コンパスのように」
テトラ「はい……ああ、わかりました。$\theta$軸と$y$軸を座標軸に選べば、$y = \sin\theta$なので、サインカーブが描けるという意味ですね」
僕「そういうこと。そして$\theta$軸と$x$軸を座標軸に選べば、$x = \cos\theta$のグラフが描ける」
テトラ「……」
僕「グラフを描くときには何を座標軸に選んでいるか、とても大事なんだけど、 それは関数を考えるときと同じなんだね」
定義域と終域
テトラ「先輩、ちょっと気になることがあります。先ほどの《関数の定義》についてなんですが……」
僕「何が気になるの?」
テトラ「たとえば、$y = \sin\theta$という関数を考えます。このとき、$\theta$はどんな実数でもいいですけれど、$y$は$-1 \leqq y \leqq 1$という範囲にしかなりませんよね?」
僕「うん、そうだね」
テトラ「それなのに、$y = \sin\theta$は《実数全体の集合》から《実数全体の集合》への関数といえるんでしょうか。つまり、正確には《実数全体の集合》から《$-1$以上$1$以下の実数全体の集合》への関数というべきではありませんか。 なんといいますか、こう……きっちりと収まるように」
僕「ああ、なるほど。うん、それは$y = \sin\theta$の場合、どちらでもいいんだよ。いまテトラちゃんが言ったのは、関数の定義域と終域の話だよね。特に終域の話。 関数をきちんと定義するときには、定義域と終域を決める必要がある。 そして、定義域のどんな要素を一つ選んでも、 終域に属している要素がたった一つあることが確かめられれば関数といえる」
テトラ「はい……そのとき、終域は広すぎてもいいんでしょうか? つまり、この図のように、関数で対応されない要素が終域の中にあってもかまわない?」
僕「うん、かまわないよ。関数を定義するときに、終域を広くとって定義することはよくあるし。もちろん、テトラちゃんがいったように、 関数が取り得る値全体の集合ぴったりに終域を定めても問題はないけれどね」
テトラ「そうなんですね」
僕「関数が取り得る値全体の集合には値域(ちいき)という名前があるよ」
テトラ「あ、値域……聞いたことがあります!」
僕「だから、テトラちゃんの疑問は『終域は値域と等しくする必要はないのか?』といえるよ」
テトラ「値域というのは、関数の値が取り得る範囲ということですね? たとえば$y = \sin\theta$の場合には、$-1 \leqq y \leqq 1$が値域?」
僕「そうだね。でも、必ずしも値域は連続的な範囲になるとは限らないよ。たとえば、定義域を実数全体として、こんな関数を考えてみよう。 この関数$s$はどんな関数になってるか、わかる?」
テトラ「定義域が実数全体ということは、$x$はどんな実数でもいいのですね。$x$が$0$より大きければ、$s(x) = 1$で、 $s(0) = 0$で、$x$が$0$より小さければ、$s(x) = -1$と……はい、 わかりました。$y = s(x)$のグラフは、こうなりますね」
僕「そうそう。この関数$s$の値域はどんな集合になると思う?」
テトラ「値域は、関数の値が取り得る値全体の集合……なるほどです。この関数の値域は$\{ -1, 0, 1 \}$という集合ですね!」
僕「そうなるよね。だから、集合$\{-1, 0, 1 \}$を関数$s$の終域としてもいいし、あるいは、うん、たとえば実数全体の集合を終域としてもいいよ。 終域は、値域を含んでいる集合でありさえすればいいんだ」
テトラ「それは、どうしてでしょうか」
僕「どうしてって?」
テトラ「へんな疑問かもしれませんが、あたしは、数学ってきっちりしているものだと思っていました。 だとしたら、関数を定義するのに《定義域と終域》じゃなくて、《定義域と値域》を使った方がきっちりするように思うんですが……あ、 あたしの勝手な考えなんですけど……」
僕「なるほどね。終域みたいに広めに取っておく理由……」
テトラ「きっちりさせたくないんでしょうか?」
僕「そうだなあ……本当の理由は知らないけど、一つ思いつく理由はあるよ」
テトラ「ど、どんな理由でしょう!」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)