自分の命とひきかえに子どもを産むのは、浅はかなこと

今夏に出産を控えている下田美咲さん。出産はいつ何が起こるかわからない、まさに命がけの大仕事。ドラマや小説などでは、何らかのトラブルで母体か子どもかどちらかしか助けられない、という状況になったとき、「私のことはいいから、子供を助けて」と子供の命を優先する母親が多いですが、下田さんは「私は絶対に、私の命の方を残す」と断言します。その真意とは?

とうとう臨月に入った。もうすぐ子どもが産まれる。いかなる出産にもリスクは付き物で、死ぬ可能性は必ずあるらしい。

そんな命がけの出産をするにあたって、私には絶対に譲れないこだわりがある。

自分の命にかえて、子どもを産んだりしないこと。出産時に、子どもの命を優先しないこと。

産まれてくる子どもへの配慮として

「自分の命にかえても子どもを産みたい」と考えるのが母親だ、というのが一般論のように思うし、ドラマや映画や小説の世界ではそういう母親が本当によく登場する。

私はそういう、自分の命と引き換えにして子どもを産みたがる女のことを、かなり浅はかだと思っている。「その自己満足は、さすがに、やっちゃいけないことでしょ」と。

もしも出産時(あるいは妊娠を通して)「このままだと母子共に危険です。お母さんか赤ちゃんか、どちらかの命を選んでください」というような状況になったとしたら、私は絶対に、私の命の方を残す。

それは、自分の命が惜しいからではない。私がもっと生きたいから譲れないわけではなくて、産まれてくる子どもへの配慮として、そうしなくていけないと考えている。

自分の命にかえて子どもを産む、ということは、母親がいない人生を渡す、ということだ。生まれる、ということは、その身体が持つ境遇に死ぬまで縛り付けられるということで、一度産まれてしまったら最後、他の身体を希望することは絶対にできない。もし私が産まれる側だとしたら、「自分を産むために母親が死んだ」という背景のある人生など背負いたくない。もしも魂というものがあったとして、その身体には入りたくない。勘弁して、と思う。

そもそも子どもにとって、というか、人間にとって、母親がいない人生って、かなり辛いものがある。産んだ後に病にかかったり事故に遭ったりして、結果的に途中から母親のいない人生を渡すことになってしまうのは仕方がないことだけれど、産まれる前から母親がいない人生を歩むことになると確定しているのに産むのは、子どもの気持ちを考えてなさすぎる。

父親と祖父母の複雑な思い

母親がいない人生の辛さは、お母さんの温もりが得られないことだけではない。男手ひとつで自分を育てる父親の苦労を目の当たりにする辛さもある。

父親のことを大好きだと思うほどに「自分のためにお父さんが大変な思いをしている…」という現実は、その子にとっての苦しみになるだろうし、ましてや母親が死んでしまった原因が自分だとなると、やり切れない気持ちになるだろう。誰からも「お前のせいでお母さんは死んだ」などと言われなくても、どこかのタイミングで「自分がキッカケでお母さんは死んでしまったらしい。自分を産むためにお母さんは死んだらしい」くらいの認識を持つことはあるだろう。そして、その子のせいではないにしろ、その子が原因であることは事実だ。お母さんの死に自分はすごく関係がある。それは思い込みでも被害妄想でもなく、確かな現実だ。

それに、祖父母はどこかで「お前が生まれなければ」と思うのではないか、とも思う。「孫が手に入るなら、娘はいなくなってもいいです!」なんて親はこの世のどこにもいないと思うし、娘と孫では、比べ物にならないほど娘の方が大切なんじゃないかと思う。

もし私が、今回の出産で命を落としたとして、両親は「赤ちゃんより美咲に生きていてほしかった」と思うような気がする。私の命と引き換えに存在するその子を見るたびに「この子が生まれなければ…」とは思わないかもしれないけれど「この子を妊娠しなければ、美咲は死なないですんだのに…。妊娠しないでほしかった…」とは思いそうな気がする。

そして、自分がそういう風に思われていることを、その子は感じるだろう。複雑な思いで見つめられていることに気が付くだろう。それって、すごく辛い。自分が生まれてきたことを、この世で一番喜んでくれる母親が存在しない上に、次点で喜ぶ立場の父親や祖父母にも手放しでは喜ばれてないって、まさに「私(僕)って、何のために生まれてきたの?」状態になるだろうし、私がその立場だったら「産まなくてよかったのに…ていうか産んでほしくなかった…お母さんの命を優先してほしかった…」と思う。「私が生まれたことって、誰得なの」と謎すぎる。

そもそも、母親が死んでしまったら、お腹の子どもは何のために生まれてくるのだろうとも思う。

私はこの子を、私の人生に必要だから産むことした。私がどうしても自分の子どもに会ってみたくて、子どもを育てる人生が送りたくて、親になりたくて、その願いを叶えるために、この命を作った。お腹の子は、私のために生まれてくれる子だ。だから私にとって我が子はありがたい相手だし恩人で、恩返しするように育てるつもりだし、「絶対に幸せにする!」と決めている。 もし私が死んでしまったら「僕は何のために生まれてきたの?」の答えはなくなる。

産まなきゃいけない義務を背負っている立場でもないのに

それに、母親の命と引き換えに子どもを残す意味とは何か、という点でも「かなり変な選択だよな」と思う。たとえば、どうしても守らなければいけない血で、どうしても後世に残す必要がある遺伝子で、差し迫って、今回の妊娠で絶対に子どもを残さないとまずい!もうチャンスがない!後がない!みたいな経緯があるのであれば、母親よりも寿命が長い子どもの方を残す判断をする意味もわかる。

でも、一般人であれば、まずそんな状況はない。私を含めて、多くの普通の人の遺伝子は、ここで途絶えても何ら問題がないものだし、絶対に後世に受け継がなきゃいけないものではない。生涯一人も子どもを産まなくても、とくに困ったことにはならない。

それに、それぞれの命をごく単純に天秤にかけた時に、まだ誰ともご対面していなくて名前すらないその子と、27年間いろんな人と関わりながら生きてきて思い出をたっぷり背負った私とでは、この世からいなくなるにあたって、周囲に与えるダメージが違すぎる。私が死んでしまったら両親をはじめとして、何人かの関係者の人生を台無しにしてしまうけれど、この子が産まれないことによって、そういうことは起こらない。

「私の命なんてどうなったっていい、私は絶対に産みたいの!」なんて、ただのワガママに聞こえる。少なくとも、自分のことを愛してくれている人への配慮が足りない判断に思える。

産まなきゃいけない義務を背負っている立場でもないのに、自分の手で育てることのできない命を世に送り出す意味って何? と思う。

子どもに対しても無責任だし、それこそ「何のために産むの?」と不思議でならない。何が目的なのだろう。自分が責任を持って幸せにしてあげられるわけでもないのに、とりあえず世に放つって。後先を考えてないにも程がある。


私だったら、自分を産むことで死んでしまうような体調ならば「お願いだから産まないで!」と頼みたいし、あなたの子として生まれることは断りたい。「私、母親がいる人生が希望なの!」と、言える口があれば言いたい。そんな悲しくて複雑な境遇では生きていきたくない。まだ産まれる前なら間に合うのだから、どうか賢明な判断をしてください、と思う。

「母体と子ども両方を助けてください!」も、やってはダメなこと
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下田美咲の口説き方

下田美咲

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コメント

Kinoko_Shacho 炎上しそうなタイトルだけど、とっても共感できる素晴らしい記事だった。 ここまで考えてる女性はほとんどいないんじゃないかなぁ。 https://t.co/fvknoc0ch6 8ヶ月前 replyretweetfavorite

0rer0 この人、全体的に子供の立場で物を考えていて、それはそれでいいと思うんだけど子供が産まれてからどうなるかが心配で…… 約2年前 replyretweetfavorite

LPkm_dh07 個人的にはこっちの記事にもわりと同意…こんな風に考えるなんてダメな親だなと自責していたけど、堂々と文字にしてる人がいてびっくり 約2年前 replyretweetfavorite

zubutoi_busu 旦那さんの子どもを産むとは限らない https://t.co/LtkBXLtN1g https://t.co/OZ3cGwOBC0 旦那さんと一緒に暮らすつもりはなかったhttps://t.co/UBQgFJXnBp 約2年前 replyretweetfavorite