その坂は「ため息坂」と呼ばれていた。
夕刻をすぎると「口笛坂」とその呼び名が変わる。
坂の先には笑福亭松鶴の自宅があった。松鶴が落とすカミナリのすさまじさから、一門の弟子たちは坂を登るとき、思わず「ため息」を漏らした。逆に帰り道には開放感から「口笛」を吹いて降りていく。
かくも師匠と弟子の関係は不思議なものだ。黒のものも師匠が白といえば白となる理不尽な関係。それでいて、深い愛情を互いに注いでいる。
笑福亭鶴瓶は弟子修行とメディアでの仕事を両方こなしながら、自らの基礎を作っていった。それを妨げるものや、自分を蔑ろにするものには徹底的に抗い、その結果、あの“事件”を起こしてしまうのだ。
最後は笑福亭鶴瓶の弟子時代を年表で振り返っていきたい。
1973(昭和48)年 22歳
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。