鶴瓶のスケベ学

将来の夢は外交官? オモロい家族にもまれた幼少時代—笑福亭鶴瓶クロニクル

還暦を過ぎた今も、若手にイジられ、“笑われ”続ける笑福亭鶴瓶さんの生き様に迫る、てれびのスキマさんの本連載が『笑福亭鶴瓶論』としてついに書籍化しました。
その発売を記念して、芸歴40年を超える大御所芸人、笑福亭鶴瓶の年代記を5日連続でお届けします。

「あの子なあ、神さんみたいな子やで」

笑福亭鶴瓶こと駿河学は、生来の人懐っこさで、自宅の長屋に訪れた姉の友人に飴玉を配った。
人を喜ばすのが何よりも好きな子供だった。
姉はそんな弟について友人たちに誇らしげに囁いたのだ。

笑福亭鶴瓶が生まれたのは1951年。まだ「戦後」の匂いが立ち込める中、サンフランシスコ平和条約や日米安全保障条約が締結され、「戦後」から「復興」へとシフトしていく只中にあった。
第1回の『紅白歌合戦』が放送され、民放初のラジオ局も誕生した。プロ野球ではオールスター戦が開始され、プロレス界には力道山がデビューした。日本に明るい未来の希望が芽生え始めていた。

鶴瓶の成長は日本経済の成長とともにあった。2歳の頃にテレビ局が開局。その翌年から高度経済成長が始まった。幼稚園児の頃、「もはや戦後ではない」と謳われ、小学校へ入学する頃には、巨人軍に長嶋茂雄が入団し、落語界では初代林家三平が人気を博していた。
一方で駿河家は貧しい四軒長屋。その恩恵はあまり感じられなかった。だが、五人きょうだいの中で鶴瓶が「一番面白くない」と言われるほどオモロい家族と、密接なご近所関係の中で育ったことは、落語家・お笑い芸人になる上で多大な影響をもたらした。

「落語家とかお笑いの人って、そういう密集した中からやないと生まれんのやろうね」

そんな笑福亭鶴瓶の誕生から幼少時代を年表で振り返ってみたい。

1951(昭和26)年 0歳 誕生
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cakes連載を全面修正・加筆した、スケベで奥深い人生哲学が一冊になりました。

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)

戸部田誠(てれびのスキマ)
新潮社
2017-08-10

この連載について

初回を読む
鶴瓶のスケベ学

てれびのスキマ(戸部田誠)

芸歴40年を超える大御所芸人、笑福亭鶴瓶。還暦を過ぎた今も、若手にツッコまれ、イジられ、“笑われ”続けています。しかし、落語家なのにアフロヘアでデビュー、吉本と松竹の共演NGを破った明石家さんまさんとの交流、抗議を込めて生放送で股間を...もっと読む

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コメント

keperu89 駿河学から笑福亭鶴瓶へ https://t.co/EpVuOZIbxk 2ヶ月前 replyretweetfavorite

u5u 『鶴瓶論』発売を記念し、鶴瓶さんの誕生から弟子時代までの年表を5回に分けて掲載します!第1回は、小学生まで! 2ヶ月前 replyretweetfavorite

tomshirai 「あの子なあ、神さんみたいな子やで、ものすごくやさしいねん」 2ヶ月前 replyretweetfavorite

u5u 『笑福亭鶴瓶論』発売を記念し今日から5回にわたって誕生から弟子時代まで鶴瓶年表が掲載されます! 2ヶ月前 replyretweetfavorite