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言うか言わないか十日間以上迷ったんだけど、やっぱり、「言わずに隠れているのは自分が嫌われたくないからでしかないんじゃないか」という気がするので、言う。
この7月に発表され、キャリコネニュースなどのWEBメディアにも取り上げられた、「LGBT検定」。twitter検索しても分かる通り、叩かれている。フルボッコである。見た感じ、だいたいこういうことを言っている人が多い。
・性は多様なのだから、検定ひとつで私たち当事者を理解した気にならないで!
・検定料が約4万円!? 高すぎる! 金儲けの人権ビジネスでしかない!
・検定をやってる人のほとんどが、LGBT当事者じゃないじゃないか!
この状況を見て、思った。
「やっぱ、LGBT検定みたいなもの、今、必要だわ……」
知識水準をはかるものが存在してこなかった結果
とは言え、今回話題の「日本セクシュアルマイノリティ協会」がやっている検定が良いものかどうかは、知らんし、この記事の本筋ではない。
そこではなくて、言いたいのはこういうことだ。
「ウチらLGBT当事者はLGBTのことをわかってる」という幻想のもと、「性的指向とはなにか」「なにを志してLGBTという社会運動の形ができたのか」というような理論体系や歴史も知られずに「個性!」「多様性!」 「愛することができるって素晴らしい!!」みたいなふわふわキラキラしたことばかり言われるくらいなら、当事者・非当事者関係なく一定の理解度を測る基準があったほうがよっぽどフェアでしょ? と。
今回燃えたのは、多分、「LGBT(という人たちに対する理解度を測る)検定」というふうにとられてしまったからだと思う。そりゃ無理だ。一部の人間を問題にしてその理解度を検定で測るのは、確かにおかしい。「あなたレズビアンなんですって? 私、LGBT検定持ってるから安心してね!」と言われて虹色の認定バッジを見せられても、「僕は女心検定を持っているんだ。女性のことには詳しいんだよ」とか言うヤツが隣の席に座ってきた時みたいな気持ちにしかならない。つまり、帰りたい。
が、 「LGBT(という理論体系や歴史に対する理解度を測る)検定」であれば、有意義だと思う。
今回は、検定のように知識水準をはかるものが存在してこなかった結果、私が何を経験してきたかをお話しよう。つまり……「金儲けは悪」的な空気のもと、LGBTについての知識を義務教育で教えず、かといって検定みたいなものもなく、ただただ「当事者の言うことなら正しい」としてきた結果、何が起こってきたのか、という具体例を。
4万円どころか、400万円かかった
「アンタ、何しに来たの? LGBT当事者でもないくせに」
これが、LGBTについての勉強会に出席した10年前に言われたことだった。
私は当時、自分を異性愛女性だと思っていた。思い込もうとしていた、と言った方が正しいかもしれない。「ウチらLGBT当事者」と言い切れる人は、私よりずっと進んで見えた。だから追いかけようと勉強会に参加したら、速攻、これである。
それでも勉強を続けようと思った。
その勉強にいくらかかると思う?
400万円以上だ。
LGBT検定の4万円なんか、目じゃない。400万円以上だ。
これは何かというと、当時私が在籍していた国際基督教大学を卒業し、ジェンダー&セクシュアリティ論を専攻して学位を取るためにかかるお金だ。学費と生活費をどうにかバイトで稼ごうと思ったが、苦しかった。やむなく、学費の安い他大学に編入した。
「LGBTのことはLGBT当事者に聞こう」じゃ、危ない
LGBTについて義務教育で必ず教えるということにはしていない2017年の日本において、「私にはLGBTにまつわる知識がありますよ感」をかもす手段は、現状、以下の二つしかない。
1.大学に行き、ジェンダー&セクシュアリティとかクィア理論で学位を取る。
(※私に提示された額で400万円以上、しかも日本ではジェンダー&セクシュアリティとかクィア理論を専攻できる大学は限られているので本格的に学ぼうと海外留学なんかしちゃった日には生活費とか渡航費も考えて500万円以上はかかる)
2.LGBT当事者です、と名乗る。
(※無料 )
で、私は、この、(2)の手段をとったわけだ。その上で、事務所に所属し、執筆歴や講演歴やメディア掲載歴などを重ね、なんとかやってきた。が、やってるうちに、やばいことに気づいた。
LGBT当事者です、と名乗ったところで、人間、究極的には自分のことしかわからないのである。
LGBT当事者だからってだけで、LGBTの理論や歴史がわかるわけじゃない。
具体的に言うと私は、「クエスチョニング」という用語の理解が浅く、「インターセックス」も不用意に直訳してしまい、そのせいで過ちを広め人を傷つけてしまった。私の他にも、「LGBT当事者がLGBTをわかってない」って場面ならさんざん見てきた。例えば、こんな感じ。
・「ゲイです」という人が「トランスジェンダーとは性同一性障害のことです」と言ってしまって「は? 性同一性障害という病気扱いの名前を拒絶して私はトランスジェンダーって名乗ってるんだけど」と言い返される。
・「トランスジェンダーです」という人が「性別適合手術を受けないのは本物のトランスジェンダーじゃない証拠だ!」と別のトランスジェンダーに謎の俺様基準を押し付けて困らせている。
そういう中で、言われるのである。
「牧村さん、ご登壇ありがとうございます。やはり、本物のLGBT当事者を学生に見てもらうというのは大事なことだ」
ひ、ひえ〜っ。LGBT当事者さん扱いされましても、私には私のことしかわからないんです〜〜〜っ。勉強しなきゃいけないのは当事者も何も関係ない、みんなと一緒なんです〜〜〜っ。
そして極め付けは、これだ。
「LGBTのために活動しているのに、ギャラを請求するんですか?」
ひ、ひ、ひえ〜〜〜っ。
いや、これ、ほんと、マジであるのだ。「多様性ですよね!」「個性ですよね!」「愛する自由ですよね!!」と言いながら、私にタダ働きをさせようとする人。
ノーギャラで引き受けちゃうと、どうなるか
先に申し上げた通り、LGBT当事者だからといってLGBTのことがわかるわけではない。だから私は……400万円は払えなかったにしろ……4万円で初級講座やってくれて資格もくれる検定制度なんかない中、何百万円も大学の学費や取材費や資料代につぎ込んで勉強し、プロとして書く技術・話す技術も勉強し、その上で、タレント・文筆家として活動しているわけだ。その専門知識と専門技術をノーギャラでぶちまけちゃうと、どうなるか。
後の世代が育たないのだ。「牧村さんはノーギャラでやってくれましたけど?」って形で使われて。
それに、私も育たないのだ。ギャラがもらえないがために、生活のためだけの仕事に追われて。
だから私はきちんと仕事の対価をいただくし、どうしても予算がないと言われたら一緒に経済を回す手段を考える(チャリティにするとか、場所だけ借りて著書を売らせてもらうとか)。
長々私の経験を語らせてもらったが、何が言いたいかというとこういうことだ。
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