マリファナも品質で選ぶ時代がくる
「で、何が聞きたいんだ?」
安心したのだろう。彼は咥えマリファナで質問に応じてくれることになった。内心「散々疑っておきながら、これで審査終了かよ」とは思っていた。実際、目の前にいる男のほうがよっぽど怪しい空気を醸し出している。「ふざけんな」と言いたかったが、ここはグッとこらえて、ジャーナリストとしての顔を前面に出した。もちろん、取材だということがバレないように細心の注意は払いながらだ。
「あなたが扱うドラッグってどこから入ってくるんですか? 生産地は?」
「いろいろだよ。メキシコのこともあるし、ジャマイカだったり国内産もある。品質をみながら俺がセレクトしている」
「市場価格ってどんな感じなのかな」
「ワンパケで100ドルってところだ」
1ポンドの大袋から取り出したマリファナを小袋に移しながら教えてくれる。日本よりは安いのだが、ジャマイカに比べればだいぶ高い。ここには当然ながら国境をまたいだ分の上乗せがあるのだ。では、現状の利益はどうなのか。
マリファナの大袋
「儲かってます?」
「それほどでもないね」
「アメリカはいまマリファナが合法化されつつあるじゃないですか。そんななかで、こうした裏のルートでマリファナを求める客が来ると思いますか?」
「来るさ」
自信満々に答える男の様子から、強がりでないことはわかる。
「なぜそう思うの?」
「この先、いやもういまだってマリファナはアメリカ人なら誰でも手に入れることができる。だからチャンスなんだよ。みんなが味を知ってるってことは、いいものと悪いものの違いもわかるってことだろ。だから品揃えやサービスがいい業者が選ばれる」
「完全にビジネスマンの発想ですね」
この男が示したのは、ドラッグに限らない商売の基本だ。
「しかも、合法になってしまえば堂々と販売できるんだ。これほど歓迎すべき状態があるか? ドラッグってのはアメリカに入ると金(きん)と同じような価値がつくんだ。品質とグラム単位で金額が決まる。いまのところ高値なのは希少性があるからさ。マリファナも、安い高いじゃなくて品質で選ぶ時代が来ると思うね」
販売する側としては、マリファナの合法化がもたらす利益は大きいと思っているようだ。しかも、生産地によってブランド化されるマリファナがあるならば、それも揃えておきたいという。値段で購買意欲が削がれるような商品ではないと予想しているのだ。
彼の部屋を後にするときに「おい」と声を掛けられた。
「今日はマリファナだけでいいのかい?」
「ハードなのも扱っているの?」
「それはお前が客になるかどうか次第さ。とりあえず未成年には売らないことにしているけどな」
もちろん、私がドラッグに手を出すわけにはいかない。「せっかくだけど、結構だ」と告げて部屋を後にした。
この男が想定しているのは、マリファナが合法化されれば、客は次第に質の良さを求めるようになるということ。質の良いマリファナを取り揃えておいて、寄ってきた客にその他のドラッグを販売していく、という商売だ。なるほど、現在違法にマリファナを扱っているプッシャーたちにとって、合法化は必ずしも忌むべきものではないのだろう。地下ビジネスは、生き続けていくということだ。
さて、麻薬の一大ビジネス地といえばメキシコであることは冒頭に述べた。今後、マリファナの合法化が進むのか、日本にはどんな影響があるのか。それを知るためには、どうしてもメキシコの現状を把握しておく必要がある。
私は、メキシコへと向かった——。
麻薬戦争の舞台へ
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