相方との距離
エロ詩吟のブームが起きました。当然、コンビの仕事以外でも木村くんはテレビにラジオに引っ張りだこ。CMにも出ている超売れっ子です。木村くんが一人での仕事の時は、僕は必然的に休みになります。そんな時は、家の狭い部屋でテレビをつけてボーッとしていました。しかし、ふと気付くと木村くんがテレビに出ています。売れているんだから、それは当たり前です。僕は働いている木村くんの眩しさにイライラして、急いでチャンネルを変えました。変えたチャンネルではタレントが普通に「あると思います!」と言って「天津・木村かよ!」とMCの芸人さんにツッコまれていました。
なんだこれ。どこにもここにも木村くんがいる。見れば嫉妬と憎悪の感情を抱いてしまう。だから僕はテレビをつける事も出来ず、ただただ家で虚空を見ていました。その時僕は「あいつがテレビに出ているから、僕はテレビも見られないじゃないか!」と思っていました。自分がどんどん闇属性になっていくのが分かりました。
そんな邪悪な視線のやつが横にいたら嫌だったのでしょう、木村くんはいろいろ僕にハッパをかけてくれました。
「もっと収録で前に出た方がいいよ」
「漫才の新ネタとかを今の間に作っておこう」
「今コンビで出来ることを考えよう」
だけど、その時の僕には木村くんの言葉に耳を貸す余裕なんてありませんでした。
うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
「こいつ、今まで僕が取ってきた天津の主導権まで奪おうとしてるのか」と思い、木村くんにむかってこう言います。
「ブーム終わったら覚えとけよ」
改めて考えると、何故覚えておかないといけないんだ、覚えていたら何があるんだと思ってしまうくらい意味が分からない発言ですが、とにかく木村くん相手に嫌な事を言いたかったんです。
それくらい、僕のダメな部分は全部木村くんのせいだと思っていました。
そんなことが続いて、木村くんも「この状態の向には何を言っても聞かない」と判断したんでしょう、自然とコンビの会話は減っていきました。いや、減るというレベルではなかったです。楽屋にいるけどコンビで喋るなんて、ゼロに等しかった。そこには、ただただ重苦しい空気があるだけでした。
この頃、ずっと『木村くん』と呼んでいたのにも関わらず急に『木村』と呼び捨てにするようになりました。あまりにも木村くんとの置かれた位置の違いが悔しくて、せめて呼び方くらいは!…と思って呼び捨てにしだしたのです。さすがにこれは周りの先輩、後輩みんなに「急にそんなことしない方がいいよ」と言われ、すぐに直しました。でも、それくらいのところまで追い込まれていたのは事実です。とにかく考え方が全て悪い方に悪い方にむかってました。
その時、考えていたこと。それは『復讐』でした。
相方への復讐。
絶対に僕も売れて、木村くんのエロ詩吟ブームが過ぎた時に「ほれ見たことか」と言ってやる。そう真剣に考えていました。もはや逆ギレ。逆ギレ中の逆ギレ。だって、木村くんは僕に対して何もしていないんですから。ただ売れただけの事実を極端にねじ曲げていって、僕は憎悪を高まらせていました。
木村くんのおかげで仕事が増えているということを、まるまる無視して。
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