僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕の部屋
ユーリ「あー、退屈退屈ー!」
僕「人の部屋に遊びに来ておいて、退屈を連発するのはないよなあ」
ユーリ「だって、退屈だもん。ねー、お兄ちゃん。なんかおもしろいことないの? クイズとかパズルとか」
僕「そんなこと急に言われてもね」
ユーリ「あっ! それじゃゲームしよゲーム! オセロとか」
僕「オセロねえ……あんまり」
ユーリ「お兄ちゃん、なにげに弱いもんね(数列の広場参照)」
僕「それに、ほら、オセロは登録商標だし」
ユーリ「理由になってなーい!」
僕「うん、じゃあ、こんなゲームをしようか。単純だけどおもしろいよ」
ユーリ「なになに、どんなの?」
ゲーム
僕「うん、まず最初にジャンケンで先攻後攻を決めよう。ジャンケン……」
ユーリ「ポン!」
僕「ユーリがチョキで僕がパーだから、ユーリが先攻だね」
ユーリ「そんでそんで?」
僕「ちょっと待って、準備するから」
ユーリ「ふむふむ?」
僕「このマルを交互に消していくんだ。何個消すかは自分で選べるけど、必ず$1$個は消さなくちゃいけない。それから、$4$個以上消しちゃだめ」
ユーリ「消す数は$1,2,3$個のどれかってこと?」
僕「そういうこと。かわりばんこに消していって、最後のマルを消した人の負け」
ユーリ「オッケー、わかった! 何個消そうかな……」
僕「それから、何個消すかを決めるのに時間を掛けちゃだめ」
ユーリ「時間?」
僕「相手が$10,9,8,\ldots$とカウントダウンしていって、$0$になるまでに消すこと。もたもたしちゃだめだよ。じゃあ、スタート! $10,9,8,\ldots$」
ユーリ「えっ、ええええっ……えーっと!」
僕「$3$個消したんだね。じゃ、今度は僕が消す番だ」
ユーリ「急にカウントダウン始めるの、ずるいよー。$10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0$ はい時間!はい時間!」
僕「ずるいと言いながら、そんなに早口でカウントダウンするなよ、ユーリ」
ユーリ「へへー」
僕「じゃ、ユーリの番だよ。$10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0$ はい、消した?」
ユーリ「お兄ちゃんだって、早口じゃん! いま消す!」
僕「消したね」
ユーリ「$10,9,8$」
僕「消したよ」
ユーリ「え? もー消したの?」
僕「$10,9,8,7,6,5$」
ユーリ「待って待って!……残りが少ない! はい、消した!」
僕「はい、消したよ」
ユーリ「あっ……最後の$1$個……」
僕「ということで、最後に$1$個残ったマルを消したユーリの負け! 今回の勝負は僕の勝ち!」
ユーリ「なんだそりゃー!!」
ユーリ「うー! スリルあっておもしろいけど、負けたのはくやしー! だいたい、ルール説明直後すぐにカウントダウン始めるのってずるくない?」
僕「でも、もう様子はわかっただろ?」
ユーリ「わかった。もっかいやる!」
第2回戦
僕「じゃあ、もう一回、先攻後攻決めるジャンケンしようか。公平にね」
ユーリ「お兄ちゃんが先に消すんだね」
僕「ちょっと待って、準備するから」
ユーリ「じゃ、いっくよー! $10,9,\ldots$」
僕「はい、消した」
ユーリ「早っ!」
僕「$10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0$ 消した?」
ユーリ「消したよん」
僕「はい消した」
ユーリ「何でそんなに早いの? まだカウントダウンしてないよっ!」
僕「ということで、ユーリの負け」
ユーリ「……」
僕「第3回戦、やる? もう飽きた?」
ユーリ「……むー。もっかいやる」
僕「じゃ、また、先攻後攻をジャンケンで決めようか。公平に……」
ユーリ「ダウト」
僕「何がダウト?」
ユーリ「お兄ちゃん! ユーリの目はごまかせませんぜ。なんだか変! お兄ちゃんが必ず勝つようなトリックがある!」
僕「ジャンケンにトリック?」
ユーリ「ちがう……そうじゃなくて、お兄ちゃんは、ジャンケンして先攻後攻を決めた後になってから、マルを書いてるよね。二回とも」
僕「ぎく」
ユーリ「さっきの紙、もっかい見せて!」
僕「……」
ユーリ「ねー、お兄ちゃん。ユーリ先攻のときはマルが$13$個でスタートしたけど、ユーリ後攻のときはマルが$14$個でスタートしてるよねー。これは?」
僕「よく気がついたなあ」
ユーリ「……待って待って。し・か・も、ユーリ後攻の第2回戦で、お兄ちゃんはさっさとマルを$1$個消したよね。ってことは、ユーリの番でマルは$13$個になってる。これって第1回戦と同じ状態じゃん! さー、正直に言っちまいな。何を企んだのかね?」
僕「はいはい、正直に説明しますよ。ユーリ探偵。このゲームは《残り$13$個で相手の番にしたら必ず勝てる》んだよ。つまり、必勝法が存在するってことだね」
ユーリ「ひっしょうほう! 必ず勝つ方法! 何それひどーい! いたいけな乙女を惑わすなんてしくしく……」
僕「探偵じゃなかったのか」
ユーリ「乙女な探偵なの! ……でも、なんで《残り$13$個で相手の番にしたら必ず勝てる》の? $13$ってそんな不思議な数なの?」
僕「それが問題になる」
このゲームでは、残り$13$個で相手の番にしたら必ず自分が勝てる。それはなぜだろうか。
ユーリ「わかった! $13$だけじゃないね、お兄ちゃん!」
僕「わかった?」
ユーリ「わかった。$$ 1,5,9,13 $$ なんでしょ?」
僕「その通りだね。名探偵ユーリは、謎をすべて解いたのかな?」
ユーリ「解いたよん!」
僕「『名探偵、皆を集めてさてと言い』」
ユーリ「何それ……あのね、最初に、最後を考えたの」
僕「最初に最後を考える?」
ユーリ「最後にどうなったら勝つかを考えるの。最後の$1$個を消した人が負けるんだから、《最後の$1$個を相手に消させたら勝つ》わけでしょ? 相手の番で、残りが$1$個なら、自分が勝つ」
僕「うん、そうなるね」
ユーリ「てことは、自分の番で残りが$2$個、$3$個、$4$個のどれかになってれば、勝てる。だって、自分の番で残りが$2$個なら$1$個消す、$3$個なら$2$個消す、$4$個なら$3$個消せばいいもん。 そーすれば、相手に最後の$1$個を押しつけられる」
- 残りが$2$個なら$1$個消す。
- 残りが$3$個なら$2$個消す。
- 残りが$4$個なら$3$個消す。
僕「いいねえ」
ユーリ「自分の番で残りが$2,3,4$個になってれば勝てるんだから、《相手の番で$5$個にすれば勝つ》わけでしょ」
僕「それはどうして?」
ユーリ「だって、相手の番で残り$5$個だったら、相手が$1$個消したら残り$4$個、$2$個消したら残り$3$個、$3$個消したら残り$2$個だけど、残り$4,3,2$個のどれでも、自分の番で残り$1$個にできるから」
- 相手が$1$個消したら$4$個残る。
- 相手が$2$個消したら$3$個残る。
- 相手が$3$個消したら$2$個残る。
僕「いいねえ。ユーリの推理はすばらしいな!」
ユーリ「えへへ。あとはその繰り返しでしょ。$4$個ずつ増やしていけばいい!」
- 相手の番で残り$1$個なら、自分が勝つ。
- 相手の番で残り$5$個なら、自分が勝てる。
- 相手の番で残り$9$個なら、自分が勝てる。
- 相手の番で残り$13$個なら、自分が勝てる。
僕「……」
ユーリ「ジャンケンで公平に見せかけておいて、ユーリが先攻になったら、$13$個のマルを書く。 ユーリが後攻になったら、$14$個のマルを書いておいて、お兄ちゃんはすぐに$1$個消す!」
僕「……」
ユーリ「お兄ちゃんは、$1,5,9,13$ってゆー数を覚えてたんでしょ!ユーリの番に回すときに、必ず$1,5,9,13$になるよーに毎回残りの個数を数えてたんだ! 謎はすべて解けた! 反論はあるかね?」
僕「すばらしい名推理! その通りなんだけど、一点だけ違うことがある」
ユーリ「何?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)