その日、池崎は珍しく残業しないで家に帰ってきていた。
ユウカは現在、職業訓練校で本格的に経理の勉強をしていて、学校が終わると夕方の6時に帰って、池崎のために夕飯の準備をして待っているのが常だった。でも、こうして池崎が早く帰ってくると、まだ夕飯の準備が間に合わなくてユウカは台所でせわしなく動いていた。
池崎は自分も手伝うといってくれたけど、まだ収入もない自分が料理くらい作るのは当然だと言って断った。こうして好きな人のために料理を作る時間は、ハリがあって心地が良いとユウカは思っていた。
丸の内で働いていたときも、北新地で働いていたときも、ユウカは仕事をするのが好きだった。どちらの仕事もやることは違ったけど、何かのために自分の身を粉にして働くというのは、共通して心の安寧を自分にもたらしてくれる。
「自分の好きなことをして生きていきたい」なんて人はいうけど、たぶん、この世で自分の為に働くことほどつまらないことはないように思う。誰かの為、何かの為、好きな人の為、働くことが面白いと感じるように人間にはもともとプログラミングされているように感じる。だから、親は必死で子どもを守るし、恋人のためにご飯を作ることが喜びになるのだ。
この日の食卓には、アボカドたっぷりコブサラダと豚肉と小松菜の炒め物、トマトとオクラの和え物、そして五穀米のご飯となめこの味噌汁を並べた。とっさに15分で作ったわりにはバランスも取れてて上出来だ。
最近、池崎は出張や外出が多かったから外食には出せない手作りの味を食べさせたかったのだ。
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