「おい、早く独り立ちしてくれよ」
番組のプロデューサーである内野さんからは、顔を合わせる度にこう声をかけられた。
「福岡の芸人だけでは、まだ出来んのか?」
その言葉は、僕たちだけではなく、吉田さんや現場のスタッフさんにも向けられていた。
「ショージさんには感謝してるけど、お前たちだけでやらんと、意味がないからな」
一番偉い人からの催促は、日毎に増していく。
しかし、そんなことを言われても、ショージさん抜きでの番組なんて考えられない。視聴率も好調で、僕たちの知名度というか、福岡吉本の認知度は肌で感じるほどに上がっている最中なのだから、しばらくは様子を見た方が良いと思うし、様子を見てもらいたい。
そんな慎重かつ甘えに満ちた考えで、僕はこの状態が少しでも長く続くことを真剣に願っていた。
「華大、ちょっといいか?」
番組が始まって半年後の春、僕たちは内野さんに呼び出された。
その会議室には、既に番組のディレクターさんも全員、集められていた。
「吉田さん抜きで話をするのは少し気が引けるけど、前からふたりには言ってるよな?」
いつも以上にハッキリとした内野さんの口調に、倉岡さん、西村さん、鵜木さんといったディレクター陣も一斉に表情を引き締める。
人生の分岐点を示すドアがカチリと開いた音を、僕は聞き逃さなかった。
「ショージさんが悪いという意味じゃなくて、俺たちは福岡の人間だけで福岡の番組を作りたいんよ。それが俺たちの、というか、俺個人の夢やから」
神妙な顔つきで、会議室内の全員が内野さんの言葉に耳を傾ける。
内野さんの目線はディレクター陣を意識しながら、それでも僕たちから離れなかった。
「今は羨ましいよ。俺も昔は東京や大阪からタレントさんを呼んで、いっぱい番組を作ってきた。でも、ほとんどのタレントさんは、福岡のローカル番組だと手を抜くんよな」
「…………」
「どうせ福岡でしか流れんからって、ちょっとした旅行感覚でやって来て、適当に仕事を流される。俺が期待し過ぎてたのかもしれんけど、なんか、全国ネットで見るのと違うなあって人ばかりやった。そんなタレントさんを使わなきゃ番組を作れない時代やったから、それは仕方のないことやけど、それでも俺は悔しくてたまらんかった」
「…………」
「なんでこんな奴の力を借りなきゃいかんのか、こんな奴の力を借りなきゃ俺は番組を作れんのかって、本当に情けなかった」
堰を切ったように、積年の思いをぶちまける内野さん。
普段は温厚で、声を荒げる姿など見たことがなかった僕たちは、その静かな迫力を前にして、相槌すら打てなかった。
「もちろんショージさんは、頑張ってくれてる。俺の時代からは考えられないぐらい、力を入れてやってくれてるから、本当に感謝しかない。視聴率も良いし、番組の評判も良い。ただ、ここまで来たら、俺たちにも欲が出てきた」
完全に扉が開いた。
あとはもう、歩を進めるしかない。
引き返すという選択肢は、落研の部室に置いてきた。
「引き続きショージさんの力を借りながら、秋からは華大をメインにする。その方向で俺たちは番組を作るから、そのつもりでお前たちも協力してくれ。東京や大阪のタレントさんの力を借りずに、福岡のタレントさんで福岡のスタッフが福岡の番組を作るっていう俺の夢を、お前たちが叶えてくれ。な?」
「……はい!」
内野さんの熱い言葉に刺激されて、思わず返事はしたものの、そんなことを吉田さんが許すだろうか。
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