イングリッシュガーデンにしたいんです
春、土作りに汗する夫のわきで、私が最初にする畑仕事といえば、ミントの駆除だ。
思いおこせば農園を借りた当初、
「畑の4分の1はハーブガーデンにするの」
と瞳を潤ませ、ホームセンターでありとあらゆるハーブ苗を買って植えまくった私だ。
向かいの区画のイギリス人・ミスターBと、初めて長いこと話をしたのも、我が畑のハーブのことだった。
農園のメンバーが私の育てる野菜をたずねるなか、彼だけが、ほかの人は見向きもしないハーブエリアで立ち止まったのである。
「あれは何?」
ミスターBは、植えてあるハーブの苗を指さし、1つ1つたずねてくれた。
「セージ」
「これは?」
「アップルミント。あれがレモンバームで、あっちはレモングラス」
「いいねぇ」
「カモミールとコーンフラワーのタネもまいてあるの。イングリッシュガーデンにしたいんです」
でも私はあまり希望をもてずにいた。畑の土から水が湧く事件の直後だったからだ。
苗を植えた頃のハーブガーデンは、こんなせつない有様でした。
湧水を逃がす溝に囲まれ、粘土質の土に植えられたハーブたちは、大きくなる気配がまるでない。
私はその悩みを彼に打ち明けた。
「でもね、ここの土は湿ってるから、どれも育たないの」
するとミスターBは、思いがけないことを言ったのだ。
「ノープロブレムだよ。ここはイングリッシュガーデンなんでしょ?」
意味がわからずその顔を見上げると、彼はニヤッと笑った。
「イギリスはいつも雨降りさ」
イギリスという国は、もともと土地が痩せていて、生えていた植物の種類もさほど多くなかったらしい。
それを、人間が手間と時間をかけて、今のような世界一の庭の国にしていったのだと、何かで読んだことがある。
その国の人に勇気づけられ、私は、いつまでたっても土色のこの空間が大好きになった。
「ここが一面緑におおわれたら、お花とハーブのブーケにして、ミスターBにプレゼントする!」
そう心に誓ったのだ。
悲惨だったハーブガーデンも、気づけばこうなっていました。
コーンフラワーは、和名「ヤグルマギク」。花は食べられますし、化粧水やヘアトニックにも使えるそうです。
レモネードに入れられたハーブ
ところが、
それから2年もたたないうちに、私は不機嫌な顔で畑のハーブを引き抜くようになった。
可憐で控えめだったハーブたちが本性をあらわし、地下茎をのばし、タネをとばして、おそるべき繁殖力で増え始めたからだ。
農園のおじさんメンバーたちは、わさわさと茂る畑の一角を指さし、遠慮がちに私に聞いた。
「あのへん、なに植えてんの?」
「ハーブです」こたえるのも恥ずかしい。「いろんなハーブですよ」
「ふーん」
口には出さないが、「なんでわざわざ雑草を植えてんだ?」という顔だ。
どれもこれも増えすぎて、歩く場所がありません。
血液をきれいにすると言われるハーブ、ヤロウの花です。初めは「かわいい!」と写真を撮っていましたが、そのうち「このヤロウ」呼ばわりするようになりました。
「畑にハーブガーデンを作ろうだなんて、私としたことが、ろくでもない考えだったよ」
理由は単純。我が家ではハーブなんてまったく使わないのである。
「そうだろう。ぼくは最初からそう思ってたよ」
夫は以前、カフェでレモネードに入れられた葉っぱを不安げに見つめ、こう聞いたことがある。
「ねえねえ、これって……松葉?」
松とローズマリーの区別もつかないほど、ハーブとは無縁の生活を送っているのだ。
最初は、私も喜んでいた。自家製ハーブで、憧れのおしゃれ生活である。カモミールを風呂にいれたり、ミントでハーブティーを作ってみたり、
「う~ん、いい香り」
でも夫は口元をゆがめて、グラスを置いた。
「ぼく、これは遠慮する。歯磨き粉みたい」
「飲みなよ。ハーブって体にいいんだから。眠れるとか、リラックスできるとかさ」
「いいよ、ぼく。こんなの飲まなくても眠れるし」
夫は布団に入って30秒で寝息を立てる男だ。
「口直しに中国茶入れようよ」と言い出した。
我が家は、お茶のたぐいが充実している。どんなにミントがフレッシュでも、100g4000円の凍頂烏龍茶にかなうわけがない。
当然のように、私はハーブガーデンの面積を減らした。それでも奴らは、土の中でじわじわと魔の手をのばしていく。
なかでも最悪なのがミントだった。
ミントがおしゃれだなんて、とんでもない誤解
早く知っておくべきだったが、ミントは「庭や畑にぜったいに植えてはいけない植物」の筆頭に上がるものだった。