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さっきの会話は面白かった。忘れないようにしたくて、急いでホテルのロビーに入り原稿を書いている。
札幌だ。今朝から雨。 昨日はイベントに出演していた。同性同士でも使えるパートナーシップ宣誓制度が札幌にできたので、そのお祝い会が開かれたのだ。イベント参加者の顔を思い出している。「例えば、人生のパートナーが今にも死ぬかもしれない状態で病院に運び込まれたとして、『私は同性愛者で……彼女がパートナーで……彼女の親は私たちの関係を認めてくれていませんし、結婚も今の日本の法律じゃ認められてないんですが、それでも彼女は私の家族で……』とか長々と訴えなくてもいいように。『こういう関係です』で証明書一枚見せればすんなりと説明が済むように」。
こういう、いわゆる同性パートナーシップ制度が日本でも議論されていた2015年ごろ、渋谷区でめっちゃ反対運動をやってて、“女と結婚した女”である私についても割とやな感じの記事を書いたりしてた団体がある。統一教会系の団体だ。かつて合同結婚式で話題になった統一教会だが、今は「世界平和統一家庭連合」と改名している。
その信者さんに、道端で話しかけられた。めっちゃ反同性婚の活動をしていた団体であることを知りつつ、私はきっぱり、「私、同性愛者です」と言った。結果、言ってよかったと思う。その時の会話を書きとめておきたい。
紙じゃなく、私の顔を見た2人
「すみません、アンケートお願いできますか」
小雨の中、話しかけられた。あっなんか、渋谷でよくある、答えると500円のクオカードもらえるやつかな? って思った。500円のクオカード、うふふ! って思いながら私は答えた。
「いいですよー」
「ありがとうございます! まあおしゃれですね、どこかお出かけで?」
「いえ仕事で来てます」
「どちらから」
「羽田から、飛行機で」
「まあ〜」
そんな話をしていたら、もう一人の人が近づいていらして、傘をさしてくださった。
「私もそっちの方に住んでいたんです〜」
ちょっと訛りのある日本語だと思った。聞かなかったからわからないけど、たぶん、韓国語訛りじゃないかな。
「ではお伺いします。あなたの大切にしたいものはなんですか。家族? 仕事? 夢?」
アンケート用紙には家族とか仕事とか夢とか、人生におけるいろんなものが選択肢として書かれていて、私は即答した。
「全部っすね」
「まあ! 全部! そうですか、そうですか」
ボールペンの先が迷う。なんかものすごくうっすらとした○をその人はいくつかの選択肢につけた。全部に○をつけきる前に、夢、というところではたとボールペンを止める。
「それで、あなたの将来の夢はなんでしょうか……」
夢 ( )
アンケート用紙に書かれたカッコ内のスペースは、私の夢を詰め込むには小さすぎる。でも、私は文筆家だ。なんだって指定された文字数で表現してみせたい。プロ根性うおーって思いながら私は言う。
「私の次の世代が、私より楽になるようにすること」
「「へえ——」」
二人とも紙じゃなく私の顔を見た。私はドヤっとした。カッコ内におさまる文字数でまとめた私の返答をその人は書くかなあ、と思ってアンケート用紙を見た。そこで気づいた。下の方にこう書かれている。「世界平和統一家庭連合」……、あっ、統一教会じゃん?
私はちょっと、意地の悪いような、いたずらを仕掛けてやりたいような気持ちになって、言った。
「私、同性愛者なんですけど」
ちょっぴり、いじわるなカミングアウト
相手はただ、にこにこしている。ところで普段、私は私を「同性愛者」とは言わない。異性愛者が別に自分を「異性愛者」と言わないようなノリで生きていきたいし、なにより私は私でしかないからだ。でも、あえて「同性愛者」って言ってしまったのは、それに対する「世界平和統一家庭連合」の人の反応を見たかったからに他ならない。ちょっぴり、いじわるカミングアウト。私は話を続ける。
「10歳の時に初恋して、相手が女の子だったんですよね。でも、その子が好きだってことをたった一人の同級生に言ったら、その子が噂を広めちゃったみたいで、私じゃなくて、私の近しい人がいじめられちゃって。私のせいで。いやもうこれほんと誰にも言えないなと思って、そこから12年間、抱え込んだんですよ。一人きりで。誰も信じられずに。誰にも相談できずに。
だから、次の世代の子が12年間抱え込まなくて済むようにするのが、私の夢ですかね。私がおばあちゃんになって、孫世代の女の子カップルに、『おばあちゃんは昔レズビアンについての本を書いたんだよ』って言っても、『レズビアンってなに?』って言われるくらいの世の中になるといい。その光景を目指して生きてます。……ところで皆さん、統一教会の方ですよね?」
ああ、はい、そうですねえと、お二人はずっとにこにこして聞いてくれていた。
「そうね、そうです。私たち、いろいろと価値観、宗教観の違う中を、統一して世界平和を目指しましょうということで、世界平和統一家庭連合という名前になったんですね」
「あー、なんかその、みんな一緒で世界平和〜! って考え方、アメリカのタクシーでも聞いたことあるなぁ。運転手さんがイラン出身だったんですけど、彼はイスラム教のバハーイーっていうスンニ派でもシーア派でもない少数派なんで、イランで超迫害されてたんですって。それでアメリカに逃げてきた人で。バハーイーは、私の理解だと、『アラーもイエスもブッダも実は全部同じ存在だからみんな壁を超えて平和に仲良くしよう』的なことを言ってる人たちなんですけど。言ってること、あなたのおっしゃることと似てません? 交流とかあります?」
「そうですか、そういう方がいらっしゃる。交流はないですが……。あなたは、神様についてどう思っていますか」
「無宗教です。私の頭じゃ説明できない、私の力が及ばない、何か大いなるものの存在があるっていうことは、思いますけど」
「では、神様を信じるんですね」
「神様とあなたが呼ぶのはけっこうだと思うんですけど、私個人は、そこに神様とかアラーとかイエスとかブッダとか、具体的な名前をつけて仲間と共有しようという気はないですね。名前をつけずにおきたい。それに、何か一つの価値観を人類全体で共有しようという思想は、 私が異性愛中心主義に馴染めなかった経験上、うまく馴染めないマイノリティを生んでしまうものだと私は思っています。だから、すいません、私はただ私という個でありたくて、入信もしないし、合同結婚式も行かないんですけど……」
その人の持っていた結婚イベントみたいなやつのチラシには、男女の結婚の絵が描かれていた。私はそれを指差して言った。
「……なんか、ノルマとかあるんですか?」
「あはは! 神様は営業ノルマなんておっしゃいませんよ」
私たちは三人で笑った。雨が強くなった。