平凡な夫婦の物語として
談志や志ん朝と同じ世代で『芝浜』に思い入れを見せた代表的な演者に、五代目三遊亭圓楽がいる。
体調不良により引退を決意した彼が「最後の高座」として2007年に国立演芸場で演じたのが『芝浜』であり、私費を投じて1985年に建てた寄席「若竹」が1989年に閉鎖されることになったとき、その「若竹最後の高座」で演じたのもやはり『芝浜』だった。
五代目圓楽は『芝浜』を四代目柳家つばめから教わった。つまり噺の骨格は三代目三木助と同じだが、肌合いはまるで異なる。
『芝浜』に思い入れがあったというと、さも大ネタ然とした演り方だったように思えるだろうが、実際はそうではなくて、この噺を「平凡な夫婦の物語」と捉えた圓楽の『芝浜』は、「お茶の間」感あふれる下世話なホームドラマ、という感じだ。
圓楽という演者の最も大きな特徴は、落語の中に「現代的な会話」を持ち込んだ、ということ。それはともすれば落語の美学を損ない、落語通には敬遠されたが、『芝浜』のような噺から「噓くささ」を排除するには効果的だったのは間違いない。