ある日曜の朝、ワイドショーに出演しているスポーツ解説者の年齢を見て驚いた。80歳だった。僕は、キッチンで朝食を作っていた妻をダイニングに呼び寄せた。ダイニングテーブルには食事をするときに観るように買った小さなテレビモニターが置かれている。
「見てこの人、いくつに見える?」僕が聞く。
「うーん、60くらい?」
「80歳だって」
「すごい、全然若いし、ものすごくしっかり喋ってるね」
二人で彼の若さに感心するとともに僕の心に訪れたのは、ある種の哀しさだ。
「でも、元気でも、この歳ならいつだって死ぬんだよ」
なにを朝から縁起の悪いことを、といった表情で妻は僕を見るが、僕は、これまで、元気そうなお年寄りがあっという間に亡くなっていくのを何度も目の当たりにしているから正直な気持ちだ。
10年ほど前、演出家の久世光彦さんが初めて脚本を書き、『帝都物語』で知られる実相寺昭雄さんが監督した短編映画に出演させていただいた。久世さんは撮影現場で僕に会うなり「あんたハンサムな男だねえ」となぜかしみじみ言ってくれた。実相寺さんは変なTシャツを集めるのが趣味で、クランクインの日、丸尾末広のグロイ感じのTシャツを照れくさそうにくれた。作品は、夏目漱石の夢をモチーフにした、レトロで切ない詩的な物語だった。数少ない僕の主演作である。
久世さんも実相寺さんもとてもお元気そうに見えたが、翌年二人とも亡くなってしまった。久世さん70歳。実相寺さん69歳。
ショックだった。名演出家お二人に大事な主演作を撮ってもらったと思ったら、二人ともすぐに死んでしまうのだもの。
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