東京の夫婦

結婚と体重。[第三十一回]

「大人計画」を主宰し、作家、俳優として活躍する松尾スズキさん。2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾氏がその結婚生活を綴ったエッセイ「東京の夫婦」の連載がスタート。第三十一回は結婚した多くの男性に訪れる、あの変化について。イラストは近藤ようこさんです。


 我が妻は、「松尾さんと結婚してからラーメンを食べる量が10倍になり、酒を飲む日は30倍になった」と言う。

 「ラーメンは、松尾さんと付き合う前は、年に3杯くらいしか食べなかったけど、付き合い始めて月に1杯、結婚してからは、インスタントラーメンも含めて月に10杯くらい食べてる。お酒は、月に1回くらい付き合いで飲む程度だったけど、松尾さんの晩酌に付き合うようになったら毎日になったから単純計算で30倍」
 そうかあ…。と、僕は頭を抱えてしまう。

 普通の人は、年に3杯しかラーメンを食べないのか。楽しい食べ物なのになあ。そしてまた、晩御飯のときにお酒を飲まないんだ、ふううん、僕は、酒を飲まないとどうにも一日が終わった気がしないのだ。なので、人間ドックの前の日は、酒を飲めないというだけで非常にナーバスになる。医者に週に2回は休肝日を作った方がいいと思いますよ、と言われるが、これだけ酒を飲んでも肝臓の数値は異常なし、尿酸値だっていたって正常なんだから、だったらそんな堅いこと言わなくてもいいじゃないのという気になる。

 しかし、さすがにそう呑気でいられないなと思うのは、最近あきらかに太ってきたぞという、見た目の変化だ。このあいだNHKの『みをつくし料理帖』という時代劇で久々にちょん髷をつけたのだが、江戸時代の町人の役なので、髯を剃ると、喉の辺りがやけにブヨブヨしているのに気づいた。今まで髯でごまけていた部分が露わになり、やけになまっちろいタヌキ面に見え、自分に腹が立った。

「これは、違う。笑いと毒で現代社会の闇と混とんを描く演劇界のカリスマの顔じゃない!」
 今年の夏再演される『業音』という芝居で、ストーリー上全裸にならなければならない自分としては、ゆゆしき事態である。思えば15年前の初演時は、スリムだったから、客が望んでいたかは別として、脱ぐことになんにも抵抗なかったのである。

 確かに、妻が運転ができるゆえ、ネットや雑誌で評判のラーメン屋を車で探して食べ歩くことや、妻が通販で取り寄せてくれた製麺機で自家製ラーメン作りにまで着手し、あきらかにラーメンの摂取量は増えた。あと、僕はそれまであまり飲まなかったのだが、妻が日本酒好きで、それに付き合って居酒屋でおいしい刺身などをアテに日本酒を飲むことも増えた。日本酒というものは高カロリーで糖質も多いゆえ、ビールとともに太りやすい酒なのだとか。

 つまり、結婚さえしなければ、今ほどラーメンを食べ歩くこともなく、僕はネット通販のやり方を知らないので製麺機を購入することもできず、これほど日本酒を飲むこともなかったし、車で仕事場に送り迎えしてもらっているのであきらかに運動量が減ったのも増量の原因だ。

 なんだ、すべて妻のせいじゃないか!
 結婚は太る!
 痩せていたければ結婚なんかしない方がいい!

 なんて世迷言を言っている場合じゃない。痩せなければ。なにせ、『業音』はパリ公演がある。出演している俳優の内、皆川猿時、宮崎吐夢、僕の3人がデブ及びポチャポチャで、痩せているのは村杉蝉之介のみ、となれば、パリの人たちに「日本の俳優はポチャポチャしてなきゃいけないメソードでもあるのか?」などと聞かれた日にはそれこそ国辱ものだ。

 というわけで、ラーメン摂取量が10倍になってしまった妻とともに「ちょっとハードな糖質制限ダイエット」というものを始めてみた。この方法のいいところは、運動しなくていいこと、そして、糖質を含まない肉や魚はお腹いっぱいに食べてもいいこと、さらに糖質を含まない酒(焼酎やウイスキー)ならいくらでも飲んでいいこと! とにかく糖質の摂取量を1食15グラム以下に抑えておけば2週間で数キロ痩せるというのだ。

 とはいえ、糖質というものは当たり前だが、入っていない食べ物には入っていないが、入っている食べ物には、なんと入っているのである。根菜はすべてダメ。もちろん、米、麺類はダメ。お菓子はだいたいダメ。果物もダメ。よさそうなものでも、それに使われている調味料に糖質が含まれていることも非常に多い。ケチャップやソース、ミリン、ポン酢すらダメ。ようするにおいしいものはたいていダメなのだ。神様ってほんとに意地悪だな!

 そこで、ライザップが発行している糖質カットの料理本を買い、1日3食そこに書いてあるレシピで妻に料理を作ってもらうことにしたのだが、これが意外といけるのである。もちろん、ラーメンを食べられないのは苦しいが、レシピが豊富で飽きが来ず、あれよあれよと2週間耐えられた。

 そして今、70キロだった体重が67キロになったのである。一人ではこれは絶対無理だったろう。
 結論、結婚すると痩せられる!

松尾スズキが綴る、東京の夫婦の軌跡

東京の夫婦

松尾スズキ
マガジンハウス
2017-08-10

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東京の夫婦

松尾スズキ

東京で家族を失った男に、東京でまた家族ができた。夫は、作家で演出家で俳優の51歳。妻は、31歳の箱入り娘。 ときどきシビアで、ときどきファンタジーで。 2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾スズキさんがその結婚...もっと読む

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コメント

moxcha いい加減にしろと言いたくなる内容だった。いい歳して自分で立てよ、と。年代見て納得はしたが。 5日前 replyretweetfavorite