久しぶりに父のことを思い出した。
父は66歳のときに、肝臓ガンと結核を併発して死んだ。もう、20年以上も前の話だ。
なぜ、今? というと、のんちゃん主演(声)の映画『この世界の片隅に』を観たからである。のんちゃんとは『あまちゃん』で喫茶店のマスターとバイトの女の子という形で共演したこともあって、一連の改名騒動には、どうにかならんものかなと勝手に心配していたのだが、本名を失ったことがむしろ声優としてプラスになったかのごとく素晴らしいはまりっぷりで、作品自体も「おもしろい」の一言では片付けられない、となれば傑作としか言いようのないもので、僕は物語の終盤嗚咽をこらえるのに必死になるあまり、鼻血が出て止まらなくなるというわけのわからない状態でエンディングを迎えてしまい、もう一回観たいものだが、もう一回観るにはなかなかな覚悟のいる、とにかく凄い映画だった。
映画の中でとてもさりげなく、とても静謐に、広島に原爆が落とされるシーンが描かれる。舞台となる呉市と広島市、同じ県内で原爆の感じ方の温度差を感じさせる、だからこそ、恐ろしいシーンだ。
それを見て父親のことを思い出したのだ。
父は佐賀県の生まれだ。昭和2年生まれだから大戦当時兵隊にとられてもいい歳だったが、結核を患っていたため、兵役をまぬかれた。もし召集されていたら、敗戦間近だったこともあり、じゅうぶん、戦死した可能性もある。そう考えると、父が結核でなければ僕は生まれてこなかったわけで、不謹慎ながらラッキーとも言えるが、当時の父は、自殺を考えたほど劣等感にさいなまれていたという。まあ、時代が時代だったということだろう。
そんな失意のさなかの父がある日、家からぼうっと外を眺めていると遠くの方に不自然なキノコ雲を見たという話を、突然僕にしてくれたことがある。
それが、長崎に落とされた原爆だったというのだ。
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