東京の夫婦

僕らは、たまたま生きている。[第二十七回]

「大人計画」を主宰し、作家、俳優として活躍する松尾スズキさん。2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾氏がその結婚生活を綴ったエッセイ「東京の夫婦」の連載がスタート。第二十七回は人と人が出会うことの偶然性について。イラストは近藤ようこさんです。


 久しぶりに父のことを思い出した。
 父は66歳のときに、肝臓ガンと結核を併発して死んだ。もう、20年以上も前の話だ。

 なぜ、今? というと、のんちゃん主演(声)の映画『この世界の片隅に』を観たからである。のんちゃんとは『あまちゃん』で喫茶店のマスターとバイトの女の子という形で共演したこともあって、一連の改名騒動には、どうにかならんものかなと勝手に心配していたのだが、本名を失ったことがむしろ声優としてプラスになったかのごとく素晴らしいはまりっぷりで、作品自体も「おもしろい」の一言では片付けられない、となれば傑作としか言いようのないもので、僕は物語の終盤嗚咽をこらえるのに必死になるあまり、鼻血が出て止まらなくなるというわけのわからない状態でエンディングを迎えてしまい、もう一回観たいものだが、もう一回観るにはなかなかな覚悟のいる、とにかく凄い映画だった。

 映画の中でとてもさりげなく、とても静謐に、広島に原爆が落とされるシーンが描かれる。舞台となる呉市と広島市、同じ県内で原爆の感じ方の温度差を感じさせる、だからこそ、恐ろしいシーンだ。

 それを見て父親のことを思い出したのだ。
 父は佐賀県の生まれだ。昭和2年生まれだから大戦当時兵隊にとられてもいい歳だったが、結核を患っていたため、兵役をまぬかれた。もし召集されていたら、敗戦間近だったこともあり、じゅうぶん、戦死した可能性もある。そう考えると、父が結核でなければ僕は生まれてこなかったわけで、不謹慎ながらラッキーとも言えるが、当時の父は、自殺を考えたほど劣等感にさいなまれていたという。まあ、時代が時代だったということだろう。

 そんな失意のさなかの父がある日、家からぼうっと外を眺めていると遠くの方に不自然なキノコ雲を見たという話を、突然僕にしてくれたことがある。
 それが、長崎に落とされた原爆だったというのだ。

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松尾スズキが綴る、東京の夫婦の軌跡

東京の夫婦

松尾スズキ
マガジンハウス
2017-08-10

この連載について

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東京の夫婦

松尾スズキ

東京で家族を失った男に、東京でまた家族ができた。夫は、作家で演出家で俳優の51歳。妻は、31歳の箱入り娘。 ときどきシビアで、ときどきファンタジーで。 2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾スズキさんがその結婚...もっと読む

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コメント

junjun25824876 「この世界の片隅に」この映画、観たいリストに追加。 約2年前 replyretweetfavorite

kenjinarishige 同感やな ↓ 約2年前 replyretweetfavorite

akyska ”誰でも、元をたどれば、歴史の中のどこかで、すれすれのところで血を絶たれそこなって今があるのである。そこに意味はあるのか? (中略)たまたま命がある。いろんな制限の中で精いっぱい生きる。まあ、そんなもんでしょ、と。” https://t.co/3AKRsocWdj 約2年前 replyretweetfavorite

Calico_cat_2017 たまたま生きてるんだけど、 その、たまたまの、そのまた、たまたまの重なりで今があることに、じわっときた。秋だからかな。 https://t.co/KzP6dVaOEX 約2年前 replyretweetfavorite