東京の夫婦の一員なのに京都に滞在している。
四条烏丸という祇園や先斗町に近い繁華街で、かといって、町屋など渋い建物も立ち並び、なかなかに情緒のある町だ。
とはいえ遊んでいるわけではなく、時代劇に出演しているための京都である。NHKの木曜時代劇枠でタイトルは『ちかえもん』。
『ちりとてちん』などで名の知れた藤本有紀さんのシナリオで、僕は50歳の頃の近松門左衛門の役をやる。言わずと知れた元禄時代の人形浄瑠璃の大家だ。おそれ多い大役だが、普段画面やスクリーンにパッと出てさっさとふざけて帰る、みたいな役ばっかりやっている自称「アップリケ俳優」の僕としては(もちろん好きでやってるのだが)、ドラマの主役(『るろうに剣心』の青木崇高くんとダブル主役だ)など人生においてそうそうやれるチャンスもないので、それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟でひきうけた。感覚としては、今、飛び降りて5メートルあたりの空中の気分だ。
妻M子は、もう50歳を過ぎ「松尾スズキ」としてまあまあ仕上がった状態の僕としか過ごした経験がないので、
「松尾さんがこの歳になってまだ新しいことに挑む姿を見られるチャンスがあるとは思ってなかった」
と、しみじみしている。
それくらい、ドキドキしながら撮影に入り、もう、10日ほどたつが、いまだにドキドキしたままである。
町にもホテルにも撮影所にも居慣れない。
なにしろ初めてのことづくしだ。
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