東京の夫婦

妻はまだ、小学2年生だった。[第十三回]

「大人計画」を主宰し、作家、俳優として活躍する松尾スズキさん。2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾氏がその結婚生活を綴ったエッセイ「東京の夫婦」の連載がスタート。第十三回は「私と知り合い前のあなた」について。イラストは近藤ようこさんです。


 東京に来て30年、というのを考慮に入れてもあきれられるほど引っ越しをして来た。
 引っ越しはめんどくさい。転入転出届に関わる役所作業、家賃の自動振り替えの停止と開始。とくに個人情報とかセキュリティとかの時代になって来てから、ネット環境の移転は、毎回、なにかのパスワードが思い出せず、右往左往した結果、必ず、再発行の泥沼(これがまた最近、大文字を入れろとか、数字を入れろとかでより複雑になっている)にはまる。いつから、日本人はこれほどにパスワードの奴隷になってしまったのか。ドラクエの復活の呪文あたりか。とにかく引っ越しはやっかいだ。が、僕は東京に来てからずっと、女の人と住んだり住まなかったりを繰り返して来たので、必然的に、別れるたびに部屋のサイズを変えねばならず、毎度やむなく引っ越す羽目になるのである。

 10数年前、1度目の結婚のとき、三宿に家を買ったので、さすがにもう引っ越さないだろうと思ったが、それからも、4回引っ越している。まったくどういうことだ?

 再婚して、今のマンションに引っ越して3か月。ここは長くなると思うし、力ずくでもそう思いたい。マンションの17階の角部屋で周りに一切高いビルがなく、晴れた日には富士山が見えるほどに眺望が最高だし、賃貸であるが新築なので、住んでいて気持ちがいい。なんといっても、代官山には、鮮魚コーナーを歩くと生臭い臭いに包まれる高い割に品揃えの悪いスーパーが1つ。今の町には、手頃なスーパーが3軒もある。

 近所にスーパーが3軒!
 ミュージカルなら道の真ん中で踊り出すところだ。

 で、引っ越し作業はおおむね終わったのだが、やっかいなことがひとつ残っていた。7年ほど前に出て行った三宿の家は、その後、知人に売ったのだが、その一室に、何年も、膨大な量の荷物を置かせてもらっていたのだ。

 この間、それをやっと、業者に頼んで持ってきてもらったのだが、段ボールにして40箱。ただでさえ収納が少ない我が家は、引っ越した状態に逆戻りしたかのように段ボール臭くなった。

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松尾スズキが綴る、東京の夫婦の軌跡

東京の夫婦

松尾スズキ
マガジンハウス
2017-08-10

この連載について

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松尾スズキ

東京で家族を失った男に、東京でまた家族ができた。夫は、作家で演出家で俳優の51歳。妻は、31歳の箱入り娘。 ときどきシビアで、ときどきファンタジーで。 2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾スズキさんがその結婚...もっと読む

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コメント

283vawa このエピソード、大好きだなぁ。 1年以上前 replyretweetfavorite

mame623 「あなたの情報量で…苦しい」と「松尾スズキって、めちゃくちゃ前からいたんだね」名言> 1年以上前 replyretweetfavorite

55n0v0n 温度感が好きでずっとちゃんと読んでる。 1年以上前 replyretweetfavorite

tsuru1go 「松尾スズキって、めちゃくちゃ前からいたんだね……」> 1年以上前 replyretweetfavorite