ある日、僕は茨城出身の妻に言った。
「茨城って、日本で唯一、県名を間違えても許される県じゃない?」
「え? どういうこと?」M子が聞いた。 「いばらき、が、ほんとの読み方だけど、いばらぎ、でも、だいたい問題ないでしょ」
実は、M子と出会うまで、ずっと「いばらぎ」だと思って生きて来たのだ。
「問題ないことないよ。県名間違うって」
M子は口を尖らせた。
「だって、あなたのお父さんだって『いばらぎ』ってときどき言うんでしょ?」
「お父さんはだって、もともと横浜の人だし」
でも、住んでる人も間違うってことは、やはり、僕にとっては、よその県の人に間違えられてもしょうがないくらい「いばらぎ」という言葉には、なんというか、安定感があるのだ。ネットで調べてみると、アナウンサーですらたまに間違うという。
「いばらき」
「いばらぎ」
比べて発音してみると、ナレーターの仕事をしている僕としては「いばらぎ」の方が、音にしまりがあって嚙みにくい。つまり、口に座りのいい言葉なのだ。
「群馬を『ぐんば』って言ったら変でしょ。でも『いばらぎ』はスルーできる範疇だと思うけどなあ。『いばらき』って元々『いばらぎ』だったんじゃない? それを、ズーズー弁でなまってるみたいでかっこ悪いっていうんで、誰かが『いばらき』に……」
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