東京の夫婦

そんなわけで、さようなら、代官山。[第九回]

「大人計画」を主宰し、作家、俳優として活躍する松尾スズキさん。2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾氏がその結婚生活を綴ったエッセイ「東京の夫婦」の連載がスタート。第九回は夫婦の「お引越し」。イラストは近藤ようこさんです。


 今我が家は、かつてないほどバタバタしている。
 自分が主役の公演の最中だというのに、事もあろうに引っ越しをしようとしているのだ。しかも物件を決めてから引っ越しまで2週間しかない。軽い暴挙だ。

 つい先ほども、自宅で、引っ越し会社の営業マンが、昨日来た他社の見積もり内容を色鮮やかにディスっているのをぼんやり見ながら、 「今日は劇場に4時入り、今は12時半。果たしてそれまでの間に、昼飯を食ってこの連載の原稿を書くという重大なミッションは果たせるのか?」

 というサスペンスで、彼の話をそぞろにもほどがあるといった風情でヘラヘラと聞き流して来たばかりだ。

 代官山には3年近く住んだことになる。
 駅からほど近い1LDK。もちろん、初めは一人暮らしだ。その上、当時は妻とは知り合いではあったが、別の女性と付き合っていた。

 それからすぐに、その人と別れ、しばらくして妻M子との付き合いが始まり、M子が実家の茨城から転がり込んできて、そのまま結婚して、1年が過ぎて今になる。
 茨城からいきなりの代官山生活。

 福岡の片田舎から、まずは限りなく埼玉に近い成増に住みお伺いを立てるように生活を始め東京に体を慣らしていった僕に比べ、茨城から代官山は「上京の角度」が鋭角的すぎる。大丈夫なのか? 東京の潜水病みたいなものにならないか。実際それまで三宿に住んでいた僕ですら、それこそ歩くごとに『GINZA』のページをめくるように、グラビアみたいな風景しかないこの町で、どうリアルに生活していいか、蕎麦やカレーやラーメンはどこで食べればいいのか、まごついたことだし。

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松尾スズキが綴る、東京の夫婦の軌跡

東京の夫婦

松尾スズキ
マガジンハウス
2017-08-10

この連載について

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東京の夫婦

松尾スズキ

東京で家族を失った男に、東京でまた家族ができた。夫は、作家で演出家で俳優の51歳。妻は、31歳の箱入り娘。 ときどきシビアで、ときどきファンタジーで。 2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾スズキさんがその結婚...もっと読む

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コメント

hachiya 松尾さんメルマガで読んでた日記を思い返したり。書籍買おう。 1年以上前 replyretweetfavorite

oiranonoriko https://t.co/EeCN1qXJCF 1年以上前 replyretweetfavorite

pixiewired "福岡の片田舎から、まずは限りなく埼玉に近い成増に住みお伺いを立てるように生活を始め東京に体を慣らしていった僕に比べ、茨城から..." https://t.co/G29325Wvpp https://t.co/h5ztOZtXFb #drip_app 1年以上前 replyretweetfavorite