天才の条件の一つとして、「早指し」に強いことをあげたい。
いまでこそ私は長考型の代表のように見られていて、実際にそうなのだが、ある時期までは早指しだった。私の時代の奨励会の対局では、持ち時間はなかったと思う。が、かりにあったとしても、関係なかった。考えなくても私は指すことができた。しかも、正確に ── 。
ある時期まで私が早指しだったことは、大山康晴さんが私についてこう書いているのがなによりの証拠である。
「加藤一二三は早指しの大家である」
羽生善治さんもそうだったに決まっている。奨励会時代はほとんど考えることなく、早指しで勝ち進んでいるに違いない。私や羽生さんと同じく、中学生でプロになった谷川浩司さんと渡辺明さんにしても、同様だと思う。
勉強をしている、していないにかかわらず、早く指すことができて、しかも着手が正確で、なおかつ勝つこと──これは、間違いなく天才の共通点である。絶対だ。
天才は、盤を見た瞬間に、パッと手がひらめくのである。もっとも強力な一手、最強の一手が、局面を見た瞬間に浮かんでくるものなのだ。こうした能力は努力したからといって身につくものではない。もって生まれた、並外れた素質としかいいようがない。
若くして長考型に天才はいない。断言してもいい。
子どものころから、一手、一手、考え込んでいたような棋士はかなり将来が危うい。はっきりいって、早いうちに棋士をやめたほうがいいとさえ思う。
羽生さんにしても私にしても、持ち時間が与えられているから考える、というだけの話であって、最善と思われる指し手は瞬時に浮かぶ。時間を使うのは、念のために考え直し、読み直し、再検討するためなのである。
羽生さんが早指し将棋に強いことは、記録にも明快に表れている。
代表的な早指しの棋戦には、NHK杯、JT将棋日本シリーズ、テレビ東京早指し将棋選手権(2002年まで)の三つがあるのだが、羽生さんはNHK杯で最多の10回、JTは5回、早指し将棋選手権で3回、計18回の優勝を誇っており、2000年から公式戦となった銀河戦でも5回の優勝を飾っているのだ。
大山さんはNHK杯の8回を含む13回優勝しており、これに続くのは、何を隠そう、NHK杯7回、JT2回、早指し将棋選手権3回の計12回優勝の私である。ちなみにそのあとに名を連ねるのは中原誠さんが10回、米長邦雄さんが計8回の優勝。谷川さんは計7回である。
早指し将棋というのは、いってみれば、ひらめきの勝負である。そこで多々勝っているという事実は、最善手もしくはそれに近い手を、短い時間のなかで、しかも連続して指していったということを示しているのであり、それだけ天分が豊かであることの証しであるといえるのだ。
逆にいえば、早指しで結果を残していない人は、天才とはいえないのではないかと私は思っている。
直感の手と、あとから考えた手、
どちらを選ぶか?
むろん、局面によっては、パッとひらめいた手、すなわち直感で浮かんだ手と、あとから考えた手の、どちらも有望であるというケースがある。
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