「モリ、おれ彼女と別れたから」
四月の第二週、土岸の衝撃告白が、彼のふやけた脳髄を直撃した。
「ええ!? 嘘だろ? だってお前、こないだだって」
「好きあっていても、別れなきゃならないときはあるんだ」
日野から代々木に向かう電車に乗り込んだばかりだった。土岸は窓の外を、まっすぐ見つめる。
「いいのか、本当に? だって、あんなにいい子なのに」
「ああ。もう決めたんだ」
オレンジ色の列車は、がたたたと多摩川の鉄橋を渡った。河川敷から遠く、富士山が見える。
「昨日と一昨日、ずっと話しあったんだよ」
初めてできた彼女を、土岸はとても大切にしていた。
二人は多分、日野で一番ホットなカップルだった。
二人で爆笑し、いちゃつき、手を繋ぎ、見つめあい、そのうち一体化してハリケーンになってしまうんじゃないかと噂されていた。
「二日間、泣きながら話したけどな、最後は笑って別れたよ」
減速した電車がやがて立川に着いた。土岸と彼女と小森谷くんは、立川でカラオケを一緒にしたこともある。
──おれはこいつのこと世界で一番愛してるから。
三人でいるとき、土岸は恥ずかしげもなく言い放った。
土岸の目には、一点の曇りもなかった。どうしてそんなふうに思えるんだろう、と、彼には羨ましくもあり、不思議でもあった。
「なあ、」
土岸の横顔に問いかけた。
根本的なことを、彼はまだ訊いていなかった。土岸の横顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見える。
「お前さ、どうして別れようと思ったの?」
「そりゃあ、勉強に専念するためだよ。来年は絶対に合格しなきゃならない」
土岸はあっさりと答えた。
「おれは彼女に、絶対に受かるって言い続けていて、受からなかった。
それは重いことだよ。彼女はちゃんと今年、大学に受かったんだ。浪人生のおれが、足をひっぱるわけにはいかない」
「……まあ、そうかもしれないけどさ」
「正直、おれたち今まで、適当すぎただろ。今までのことはしょうがないけど、この一年くらいはマジでやんないとな」
「だけど、彼女がいたって勉強はできるだろ?」
「いや、そういうのは、おれには無理だ」
加速を終えた電車は快調に走った。
「わかるんだよ。このまま付きあっていると、おれは多分、彼女のことが好きすぎて、勉強なんかできない」
「……いや、でもさ」
「あのな、おれらは今、人間じゃないんだぜ」
電車がスピードを落とし、車輪とレールの摩擦音が変わった。
「浪人生なんてな、社会的には何ものでもないんだ。親に金だしてもらって、一年猶予をもらってるだけだろ?」
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