池崎にとって、結婚はまだ早いという。
その言葉は、ユウカの心に深く突き刺さった。同じ地平線を見ていると思っていたのに、まるで違うところを見ていたことに一緒に暮らしておいて気づかなかった自分がバカみたいに思える。
「……やっぱり、私バカなのかな?」
「どうして、ユウカさんがバカなの。そんなことないよ。結婚のことだって、いまが早いと思うだけで、いつかはちゃんとしようと思ってるよ。当たり前じゃん。あはは」
笑って丸い話にしようとしている池崎に、ユウカは角ばった言葉で答えた。
「いつかっていつ?」
短い時間の沈黙。ユウカはそれを聞いた自分がひどくみじめにみえることを自覚していた。だから、言ったそばから激しく後悔した。
「あ〜、だめだめ。聞かなかったことにして。もう、いいから。……いま結婚する気がない男が、将来結婚すると信じるほど、私はバカじゃないから」
「ちょっと待って、ユウカさん。突っ走らないで。そうやって勝手に話をすすめるのはユウカさんの悪い癖だよ」
「何よ!」
口をとんがらせたユウカを、池崎はがばっと抱き寄せて、不機嫌にへしゃげた唇を自分の唇でふたをした。むぐっ。
「ん、んん〜、やめてったら」
「僕がユウカさんのこと、ちゃんと考えてないわけないじゃん……」
そんなの都合のよい男の言い訳だと思っていても、池崎を信じると決めたユウカの心には、甘い考えがむくっと持ち上がる。
(そうなのかな、池崎、ちゃんと考えてくれてるのかな……? 小豆島まで来てくれたし、いつだって池崎は私に真剣じゃん……)
「あっ」
池崎の手がTシャツの裾から、ユウカのブラジャーにかかった。指はすでにその奥の柔らかい突起を刺激してきていた。もう何度も触っているから、ユウカの敏感なところが池崎はよくわかっている。
「キスしただけでこんなに熱くなってるじゃん、ユウカさん」
「もう、ごまかさないでよ……」
そうは言っても、身体は正直に反応している。ユウカにとって池崎は、もうすでに大切な人なのだ。
身体の関係を含めた付き合っているという事実は、女の心に大きな変化をもたらす。
小豆島で交わって以来、もう100回近くセックスをしている。もうそんなことを恥ずかしがるような年齢でもないけど、やっぱり毎回恥ずかしい部分を誰かにみせることは羞恥心と期待感がないまぜになった状態になる。
ユウカには昔から変な癖があって、カップルをみると、もうすでに一線を越えているかどうか、二人の様子から判断しようとする。二人の間ではどんなことをしていて、ベッドではどっちがリードするのか、とか……。その羞恥心と期待感のバランスが、一線を超えたカップルとそうでないカップルは違うのだ。
シレっとそんなことを考えているのは自分だけじゃないかと悩んだこともあるけど、あるとき女友達にそんな話をしたら、ひとしきり笑われたあと、「私もそんな想像したことある」と言われて、そう珍しいものでもないことを知って、ほっと安心した。
だから、性生活も充実しているいま、結婚のことをのぞいては、とても満足している。付き合うまでは、あれほど距離を保っていたのに、いざセックスをして自分の恋人だと認識したら、心も身体も相手に寄り添うのだ。
池崎はその点、理想の恋人だった。
ユウカの身体に飽きずに、週に2回は求めてくる。女にとって求められることは、自分の魅力を正しく肯定された気持ちになる。自分の魅力を認めた男を、肯定的に捉えるのは当たり前のことで、さらに相手を好きになる。
池崎の手はゆっくりとユウカの身体をつたって、いまユウカが一番触れて欲しいと思っているところに触れた。池崎の指がユウカの内側を刺激しはじめると、ユウカの想いが目に見える形になって溢れだした。
ユウカは池崎が身悶える自分を上から冷静に観察しているのが悔しい。幾度となく交わりユウカを観察してきた池崎は、あとどれくらいでユウカが最高潮に達するのかも正確にわかるようになっているようだ。
そしてその瞬間が訪れる直前で、池崎は指をそっとユウカから離した。こうしていつもおあずけを喰らわせるのだ。池崎は優しく額にキスすると、パッと立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
「え……」
こんな時も欠かさないんだ……。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。