素っ裸で深夜のプールに忍び込む

その夏、彼は野ザルになった――。真人間になるという決意はどこへいってしまったのだろう。深夜のプールに忍び込んだ小森谷くんと土岸たちは、全裸になってプールに飛びこんだ。そのスリルに惹かれた彼は、親を泣かせたくないと思いつつも、土岸らとともに、罪になるかならないかギリギリのラインを攻め、真人間から離れていく。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 真人間への階段を上り始めた彼だったが、夏休みになった瞬間に野ザル化した。

 これはとても残念なことではあったが、いたし方のないことかもしれない。

 ジャンプすれば着地するし、餅を焼けばぷくうと膨れる。オロロン鳥はうるるるるるるーんと鳴き、UKのロバはhee-hawと鳴くが、そういうのと同じことなのだろう。

 彼や彼の仲間はふらふらとコンビニに向かい、誰かの部屋に集まり、ぐだぐだと無為な時間を過ごした。

 ものの数日で昼夜は逆転し、志やモラルは忘れ去られ、金銭は枯渇した。そして“暑さ”と“仮初めの自由”だけが残る。

「まじかよ、ヤバいんじゃねえの?」

 丸山は、うひゃひゃひゃひゃ、と一人で笑った。

「静かにしろって」

 土岸は皆を制しながら、辺りの様子をうかがった。

 暗闇の中、中浜が不安そうにフェンスを見上げている。小森谷くんは高く張られたフェンスに手を当て、よじ登れそうかどうかを考えてみる。

 いけそうな気もするし、無理なような気もした。

 ──プールに行きてえなあ。

 丸山が急にそんなことを言いだしたのは、深夜一時三十二分のことだ。

 明日プールに行こうぜ、と丸山は言いたかったのかもしれないし、そのうち行こうぜ、と言いたかったのかもしれない。

 もしかしたらそういうことではなくて、暑いな、と言いたかっただけかもしれない。

 ──じゃあ行ってみるか。

 と、土岸が半笑いで提案した。ゲーセンでも行くか、というのと同じようなトーンだった。

 ──いいね! プールいいね!

 彼らは自転車にまたがり、小学生のときには黙殺していた日野市民プールに向かった。

 到着したプールの入り口には、人影も音も光も何もなかった。

 ぐるっと裏に回りこんでフェンスを見上げる彼らには、“仮初めの自由”と“時間”だけがあった。

「よし、行くか」

 深夜一時五十五分、土岸が宣言した。

 フェンスに足をかけた土岸に続いて、日野の野ザルたちは、一気にプールサイドに侵入した。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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